第4章 遠征編 第6話 城壁都市
「ようやく着いたっすね~」
「ああ。さすがに壮観だな」
俺たちは、心地よい風に吹かれながら、船の甲板からハウスホールドの城壁を眺めていた。この後、船は運河を通って船着き場へ。そこで積み荷を降ろし、まっすぐ王城に向かう予定である。
やがて、エルフや獣人があやつる小船の中に、周囲に比べて大きすぎる俺たちの貨物船が静かに停まった。
「なんか、でっかい銅像っすね~」
モルトが眺めるのは、何やらいわくありげな古くて大きな男の銅像。なんでも、この運河の建設に多大に貢献した、ハウスホールド建国の英雄だとか。
「この銅像はエルビン宰相でしょうな」
「そのお名前、ニーナも聞いたことがあるのです~」
俺も書物で見たことのある名前である。賢王ダグリュークの右腕として、ハウスホールド王国の礎を築いた功臣だとか。彼なくしては、ハウスホールドはおろか現在の大陸南部の発展はありえなかったと言われている。
ちなみにハウスホールドは、この街だけでひとつの国だったことから、かつては『都市国家』と言われていた。しかし、『賢王』ダグリュークの時代に、南に国際都市ユバーラ、そしてさらに南の大陸南端にはユムラという姉妹都市が次々と造られ、現在の形になったた。これら新しく造られた二つの街の整備に尽力したのもエルビン宰相だったらしい。
おまけに、自国の通貨『ロム』を捨ててまで『アール』の採用を決めるという、大英断を下したことでも有名である。これが『アール』が大陸のみならず、世界の基軸通貨になる礎を築いたキッカケだとされているのだ。
「まあ……本当の所はどれだけ偉かったのか、微妙な所っすけどね~」
もふもふ尻尾を揺らしながら、したり顔のモルト。お前、いつからそんなに偉くなったんだ?!
「それじゃあ、先に行って話をつけてくるっす」
「ああ。頼んだぞ」
尻尾を振り振り、意気揚揚と下船するモルト。それにしても、この国は、随分豊かに見える。
運河の内側は、余すところなく農地として開墾され、運河には貨物船や客船、漁船など多くの船が行き交っている。港には、巨大な倉庫が立ち並び、多くの人たちが行き交っている。積み荷を運んでいるのは、獣人の労働者が多い。屋台も立ち並び、いい匂いも漂ってくる。この豊かな香辛料の香りこそが、ハウスホールドの繁栄の証なのだろう。
「王都より活気がありそうだな」
「何しろハウスホールドは、大陸南部の中心地。亜人たちの盟主ですからな」
「じゃあ、国民は、獣人とエルフが多いのか?」
「お兄様!」
「痛っ!」
「えっ……セリスちゃん?」
「ニーナちゃん、お兄様はこれくらいで丁度いいの!」
「ふ~ん。そうですの~」
おい、セリス! 俺は何もしていませんが。しかも、言うに事欠いて、一体なんだ“丁度”って……。ニーナも安易に納得しないで欲しいのですが!
「セリス様、ハウスホールドは、人族の方が多いですぞ!」
ドランブイによると、例の“審判”で、ハウスホールドはユファインをはじめ大陸中南部の避難民を大量に受け入れた。それ以来、人口は今でも人族が一番多いという。港湾で働く男たちに獣人が多いのは、彼らが人族より力が強いからとのこと。
ナイス! ドランブイ! モルトにも是非見習って欲しいところである。
「嬉しそうな顔をされたお兄様が悪いのです!」
い、いやそれ、無意識なんだからね! 悪気なんてないからね! 思わず、口に出したい言葉を飲み込む俺。
それにしても、あんなにつねらなくても……。
余りにも理不尽な仕打ちだと思うのは、俺の気のせいだろうか。
「おーい、レオン様、こっちっす~」
石畳の広い道を通って街の正面の城門へ向かう俺たちに、守衛の詰め所の窓からモルトが顔を覗かせた。
「そっちは、一般の入り口っす~」
モルトに招かれ中に入ると、数名の兵士を連れた若い男性エルフが俺たちを出迎えてくれた。
「話は伺っております。この度は、我がハウスホールドへようこそお越しくださいました。私はレオン様の案内を仰せつかりましたカール=エルビンと申します。以後お見知りおきを」
そう言って、さらさらの銀髪をかきあげながら、笑顔を見せるカール。なんでもハウスホールドの副大臣だとか。背は俺の方が少し高いようだが、スマートで落ち着いた物腰。そしてこのさわやかな笑顔! いかにも育ちが良さそうだ。将来有望な若手官僚らしい。
「エルビンとは、もしや……」
「この街に来られた方からよく言われます。あの銅像は私の先祖でして。不詳の子孫として、お恥ずかしい限りです」
そう言って謙遜する姿も嫌みがない。おそらく男女を問わず人気者のタイプだろう。ボッチで敵ばかり作りがちな俺とは正反対のタイプに見える。
「こちらこそ、ご丁寧なお出迎え恐縮です」
「何を仰います。アウル辺境伯様といえば、領主というより独立した一国の王に近い。副大臣に過ぎない私からすれば、レオン様は雲の上のお方です」
聞いたかモルトにセリス! 少しドヤ顔で二人を振り返るが、そんな俺をジト目で返す二人。
……い、いや。何でもないです。
そして、カールの案内で、俺たちは王国から用意された専用の馬車に乗り込み、王宮を目指したのだった。
◆
ハウスホールドの街は、真ん中に王城がそびえ、街全体が古い城壁で守られている。東西南北にそれぞれ門があるが、それほど物々しい警備が敷かれているようでもない。
街を覆う高い城壁が「城郭都市」と言われていた面影を今に伝えているようである。城壁も改修が重ねられている様子が見て取れる。
「しかしこの街は、流通にしろ防衛にしろ、実に見事なものですな」
ドランブイの言う通り、街中にも運河が何本も造られ多くの船が行き交っている。これらの運河は、平時には補給に戦時では堀になりそうだ。
「レオン様、見えたっす~!」
モルトの指さす先に、ハウスホールドの王城が姿を現し始めたのだった。




