第4章 遠征編 第3話 王都
その頃、不景気にあえぐ王都コアントローは、久々に人々の笑い声があふれ、祝賀ムードに彩られていた。
何しろ王宮から、王子の婚約が正式に発表されたばかりなのだ。王子のお相手は、現在休戦中である帝国の姫君。今回の婚約に伴い、王国と帝国との間で永久友好条約が結ばれたことも合わせて発表されたのだ。
これで更なる平和な時代が続くと浮かれる王都の市民。お祝いとして、今日から三日間は祝日となり、一部を除いて公的な機関の労働は免除された。しかも街には王家からワインやエールが無料で下賜されているのだった。
「くっ……。遂に本決まりとなったか……。ウチにも少なからず、チャンスはあったものを……」
そんな沸き立つ民衆を、執務室の窓から苦々しげに見遣るグレン公爵。もう、ずいぶん経つのだが、苦々し気な表情を浮かべたまま、同じ姿勢のままだ。
「あなた……。王家からは何と……」
「何も……」
「ま、まさか」
「ああ。今回の発表に関し、私は何も知らされていない」
「そ、そんな……」
「これが王室の本音のようだ。どうやら、お前に頼ることになってしまいそうだな」
「はい……。事ここに来れば、もうこの手しかございませんわ」
「頼む」
「あなた……どうか、ご安心を」
そう言って微笑む妻を、グレンは静かに抱き寄せるのだった。
◆
そして、公爵家の別邸には、相変わらずのイザベルの姿。こちらは父親とは打って変わって、浮かれた顔。そして……。
「レオン様……。」
クマのぬいぐるみ『レオン』を抱きしめながら、独り言にしては大きすぎる呟き。今となっては、お付きのメイドたちも、おなじみの光景である。
「私……もう、待ちきれませんわ!」
ちなみに、現在イザベルの自室は、外遊の持って行く私物で溢れかえっており、現在はこの別邸で過ごしている。
そして、マリーの替わりを務めているのが、山エルフのピニャとコラーダの双子姉妹。今は、コラーダが大切な要件のためお出かけ中であり、メイドたちの中でもピニャが一番近くに仕えている。
(もう。イザベル様ったら……)
ため息交じりに苦笑するピニャ。私たちの苦労に気付かず、天真爛漫なイザベル様。どこまでも純粋なお方なのだけど。
「イザベル様、ただいま戻ってまいりました」
この日の夕刻、やっとコラーダが帰って来た。お昼過ぎから出かけていたのに、帰りが遅くてやきもきしていたのだが、笑顔で一礼する姿を見るに『裏ギルド』との交渉は上手くいったのだろう。
「ずいぶん遅かったわね。で、どうだったのかしら」
「お喜びください! 実は、ウーゾ様より、追加の馬車と人員を出してもいいとの申し出がありました」
「さすがコラーダ! 頼りにしていますわ」
そう言ってイザベルはもう一度ぎゅっと『レオン』を抱きしめたのだった。
◆
「まったく、あのお嬢様にも困ったもんですね」
王都の外れ。通称『裏ギルド』では、バドがカウンターに座って奥のマスターに愚痴をこぼしていた。
まかないで出された煮込み料理を肴に、エールをちびちび飲むバド。客のいない店内には、秘伝だという出汁のいい香りが広がっていた。
「それ食ったらあがってもいいぞ」
グラスを拭きながら、話しかけるのは、店のマスター兼『裏ギルド』の代表を務めるウーゾ。
「でも、ウーゾさん。これはいささか無茶な注文ですぜ」
「そのことなんだがな……」
「アウル領に行くには、馬車を仕立てても、途中からは歩きでしょう。お嬢様は、一体どうやってあの山道を登るつもりなんですかね」
「それが、馬車でいけない山道は、カゴを用意して欲しいんだと」
「ったく……」
「何でも大量の荷物は、積み直して運んで欲しいんだとよ」
「でも、積み直すって……さすがに馬じゃ、きつい場所もありますよ」
「そこでだ。さっき、山エルフと話を付けてきたんだが、山道の入り口までインスペリアからヤクを沢山連れてきてもらうことで話が付いた」
「なるほど……」
「後は、馬車の荷物をヤクたちに積みかえて山道を登る。お嬢様は、カゴにのってもらうつもりだ」
「全く……。世間知らずの貴族様は、下々の苦労なんてわかってないですね」
バドはそう言って、タコの煮込みを一切れ口に入れると、エールを流し込む。
「それにしても、何でウチに話が来たんですかね」
今回の仕事に関しては、公爵家から、くれぐれも内密にと言われている。本来なら、王国から騎士団が運搬や護衛をするか、訳アリだとしても“表”のギルドに依頼すべき話なのだが。
「さあな。ただ、あいつらは、どこまでいっても自分たちのことしか考えていないのは確かだ。大体、ブラッベリーの疫病の噂を王都で広めたのは、公爵家だろう。自分のところの娘が遊びに行くとなると、躍起になって噂を消そうとしやがって……」
「でも、せっかくだから、ここは喜んで使われてやりましょうよ。この不景気の王都で、こんな条件のいい仕事は無いですぜ」
「ああ。そのつもりだけどな」
「そういや、モルトからは、何か連絡はあったんですか?」
「人数は多ければ多いほどいいと聞いている。どうやら、ブラックベリーの疫病も収まったと聞くし、今回はかなりの人数が集まりそうだな」
そう言って、カウンター越しに、ひょいとタコ煮込みを一切れつかむウーゾ。巷じゃ『デビルフィッシュ』なんて言われているシーフードだが、この店では裏メニューとして、まさに知る人ぞ知る人気料理なのである。
「ああ~っ。ち、ちょっと! これ、俺も大好物なんすから~!」
残りの煮込み料理を両手で守るようにしながら、恨めしそうな目をするバドなのであった。




