第4章 遠征編 第2話 船旅 その1
船は、カルア海の鏡のような湖面を静かに進む。ほとんど揺れがないので、凪いでいるときなどは、自分が船に乗っていることを忘れてしまいそうだ。
キラキラした光を反射した湖面には、俺たちの他にも大小さまざまな船が行き交っている。モルトによれば、これらの船の多くはカルア海周辺の街や村から各地を結ぶ航路の定期船とのことである。
「しかしお前、そんなことよく知ってるな」
「こんなことくらい、執事として当然っす」
「……」
もふもふ尻尾を自慢げに揺らす姿を見て、何だか褒めて損した気持ちが込み上げてきのだが、カルア海の景色とそよ風にかき消されてしまったような気がする。
「まあ……とにかく、気持ちいいな」
「はいっす♪」
「……?」
何やら物陰から視線を感じはするものの、俺はモルトと二人で豪華貨物船のデッキから、どこか幻想的な風景を存分に味わっているのだった。
◆
「そういえば、レオン様は知っておられるっすか」
今は平和そのもののカルア海も、かつては海賊などと呼ばれる略奪を目的とした不審船が行き交っていたときもあったそうだ。しかしインスぺリアルの大船団がカルア海を推し渡るようになって、この海の治安は格段に良くなったという。
そして、大型船を操り、船団を組んで航行する山エルフたちは、いつしかカルア海一帯の海運業を取り仕切るようになっていった。
「ここだけの話っすけど……」
インスぺリアルの山エルフたちが活発に活動しはじめたのは、今から十年ほど前。当時女王に即位したばかりのキールが先頭に立って船団を指揮していたらしい。
そこで、不審船を見つけては、大船団で包囲した後、ことごとく乗組員を拿捕したという。その挙句、捕まえた海賊たちには、尋問で口を割らせた後、額に“山”という文様の焼き印を刻んで、船べりから湖に放り投げていっていたらしい。しかもこの焼き印は、なんでもウチの祖父が山エルフたちに友好の証としてデザインした紋章だそうだ。
そんなことを、続けていたキールはいつしか『海賊の姫』なんて言われるようになった。もっともキールはそんな呼び名を嫌っていたそうだが。
そういや、俺も子どもの頃、不用意に発言したせいで、キールから叱られたことがあったような……。
◆
「それにしても、ドランブイの奴遅いな」
「仕方がないっすよ。セリス様はしつこい……。い、いやお目が高いっすから。ましてや、ニーナ様もご一緒っすし」
セリスとニーナは、ドランブイにハウスホールドの王室に献上する品を見せてもらいに行っている。この後夕食を取りながら、皆で打ち合わせをする約束なのだが。
「まあ、ゆっくり待つとしようか」
真っ赤な夕日に照らされた湖面を眺めながら、デッキチェアーで寛ぐモルトを尻目に俺は、日課の素振りをはじめた。この船旅は、快適すぎていつの間にか怠け癖が付いてしまいそうである。
さすがに船上なだけあって、稽古場のような『立木』も無ければ木刀もない。俺は剣を抜き、コロシアムで立ち会った相手を一人ひとり思い出しながら剣を振うことにした。
いつもの稽古に比べて、何もない空間を打ち据える素振りの方が、正直キツい。
「ふう……」
ただでさえ温暖なこの地方。上半身を全て脱ぎ捨て、一心に剣を振るう俺なのだが……。
なの……だ、だが……。
すいません。ネグローニさん。そんなにガン見されては、さすがの俺でも気が散ります。しかもまだ正装のままだし……。
……し、しかし、こんなふうに思う自分こそ、まだまだ未熟なのだろう。たかが視線くらいで気を散らすようでは『最高師範』には及ぶべくもない。今の所シークは、俺のひとつの目標なのだ。
この後、俺は気を取り直して頭の中を空っぽにし、一心に素振りを繰り返したのだが。
「レオン様、いつまで素振りを続けられるんすか?」
「……」
「そんな怖い顔で、剣を振われていたら、誰も近づけないっすよ」
「……黙れ、気が散る」
「これくらいで、散るようではまだまだだっすね~。とにかく、危ないからこれを使って欲しいっす」
そう言ってモルトが、木刀を持ってきてくれた。
「いくら何でも真剣じゃ危なすぎるっす。どうせ、船の中でも稽古されるだろうと思って、念のために荷物の中に入れといたっす」
「ありがとう。助かる」
なんだかんだ言って気が利くモルト。これで一言多く無ければ言う事ないのだが。俺はタオルと共に木刀を受け取ったのだった。
◆
「お兄様! お待たせしました!」
「レオン様、遅くなりましたの~」
素振りを終えて汗をぬぐっていると、満面の笑顔を浮かべてセリスとニーナがやってきた。二人とも胸元には、碧い宝石があしらわれた純白のドレス。頭には銀のティアラ。おそろいの格好である
「二人とも、一体どうしたんだ!」
「ドランブイに少しの間、貸していただいたんです」
「そうですの」
「いいのか、そんな献上品を……」
「いえいえ、これはあくまで見本です。流石に献上品をお貸しするわけにはいきませんので」
「綺麗だよ、セリス、ニーナ」
「まあっ……」
「は、恥ずかしいですの~」
「レオン様、いかがでしょう。お二人にオーダーされては」
嬉しそうに微笑むセリスとニーナ。あんなに不機嫌だったにも関わらず、上機嫌で頬を染めつつ何だか少し恥ずかしそう。
何だかこの二人、いつの間にか仲良くなっているみたいだ。流石ドランブイ。よくやってくれた!
ところが、もふもふ尻尾がまたいらんことを……。
「でも、やっぱりレオン様は、山エルフの正装が一番お好きみたいっすね~」
「……お、お兄様?」
「嫌ですの~!」
「ち、違うから、二人とも!」
おかげで、何だか微妙な雰囲気になってしまったぞ。やっぱり、こいつは一言多い。俺の気のせいなんかじゃないからな、絶対に!




