第3章 内政編 第23話 公爵邸
その頃、王都の公爵邸では……。
広大な屋敷の中でも当主の執務室並みに、ひときわ大きくて豪奢な部屋。ここは、ついこの間まで、ただの一度も自分の思い通りにならなかったことがなかったという、公爵令嬢の私室である。
“チリンチリン♪”
「失礼いたします」
「お待たせしました。お嬢様」
イザベルがひとたび、サイドボードのベルを鳴らすと、素早くやって来るメイドたち。王国貴族伝統の黒地のミニスカートと白のカチューシャで統一されている。
なんと、この部屋には、豪華な調度品だけでなく、隣にはお付きのメイドの控室まで併設されているというから驚きだ。
「離れにある食器も全部こちらに運んで欲しいの」
「承知いたしました」
「あ、それから、持っていく服は……」
「お任せください。お嬢様」
マリーがいない今、イザベルの相手は専属メイドたちだけ。その中でも特にお気に入りは、最近やって来たピニャとコラーダ。何でも山エルフの双子姉妹だという。
「イザベル様は、今後キール様にも面会されると思うっす。地元じゃ負け知らずのこの二人なら、インスぺリアル領のことから、道中の道案内までぴったりっすよ!」
イマイチよくわからない理屈を言いながら、もふもふ尻尾をふりふりする狐人執事に、しつこく推薦された二人である。
最初は亜人なんて……。などと思ったイザベルも、二人の働きぶりを見るにつけ、いつしか妙なわだかまりは消えていった。今では二人はすっかりイザベルのお気に入り。今度の遊学にも専属メイドとして加えるつもりでいる。
「二人とも、マリーの代わりに、私の側を離れませんように」
「はい」
「承知いたしました。お嬢様」
「よろしく頼みましてよ」
イザベルは、頭を下げる二人に目をやると、すっかり冷めたお茶の入ったティーカップに口を付け、満足そうに微笑むのだった。
◆
ドレスにアクセサリー靴にバック……。南部地方遊学に向けて、イザベルは持ち物選びに余念がない。
そして今日も、色白の肌に金髪に輝く縦ロールの巻き髪を揺らしながら、目の前のお気に入りメイドに語りかけていた。
「二人とも、ちゃんと見て頂戴ね。 これとこれなんだけど……」
そう言いながら、二人の目の前に、お気に入りの二着を広げる。ここ最近、どちらにしようか、ずっと悩んでいるのだとか。
「もう、私じゃ選べないの。あなたたち、どちらがよくて?」
可愛く小首を傾げるイザベル。頬と少し大きめの耳は、やや赤み帯びている。
「はい……」
「私たちでは、決めかねます。お嬢様」
「私は、あなたたちに選んで欲しいの」
「どちらも……い、いいですね」
「そ、そのとおりでございます。素晴らしいですわ。お嬢様」
「何言ってるの。どちらの色が似あうか決めてちょうだい!」
心なしか語気を強めるイザベル。
しかし、彼女が手にしているのは、レッドとブルーのベビー服。これを、一体どうなさるおつもりなんだろう。て、いうか、どの子が着るのだろう。
ま、まさか……。
「で、ではイエローは、いかがかと」
「まあ。コラーダは?」
「は、はい……。私もどちらかと言えばイエローがお似合いかと」
「二人がそこまで言うなら仕方がないわね。王都で一番人気のスズキ工房に作っていただこうかしら」
「ですが、お嬢様。あそこは、『レッドラベル』と『ブルーラベル』しかありませんが……」
「そんなの、新色をつくってもらえばいいだけのことですわ。せっかくですので、イエローというより、『ゴールドラベル』なんてどうかしら」
イザベル様にお仕えしてからというもの、公爵家での毎日は、大体こんな感じである。
王都きっての老舗工房には、ベビー服の新色を早く作るよう、その日のうちに、多額の支度金が届けられることになったのだった。
「出来上がりが、待ちきれませんわ」
嬉しそうに顔を紅潮させてうつむイザベル。そして二人の良すぎる耳は、今日もイザベルのこんなつぶやきを拾ってしまったのだった。
「レオン様の元へ嫁ぐ日も近いことですから……」
「……?」
「い、イザベル様?」
「レオン様の元へ嫁ぐ日も近いことですから……」
「と、嫁ぐ……?」
「あ、あの……。イザベル様?」
「あら私……。何か、言いました?」
二人を見て、キョトンとするイザベル。大きな瞳をパチクリさせて、二人を不思議そうに見つめ返す。
「い、いえ……」
「何もないです。お嬢様」
「……そう。なら構いませんわ」
悠然と笑みを浮かべるイザベルに、今日とて何も言えない二人なのであった。
◆
「最近のイザベルは、やたら嬉しそうじゃないか」
「あなたの目にもそう映りまして?」
執務室のソファーで寛ぐ、公爵夫妻。夫人は、微笑みながらワインを注ぐ。
「あの子が、こんなにはしゃいでいるのは、幼いとき以来か。しかし、本当に大丈夫だろうか」
「ご心配いりませんわ。インスぺリアル以外は、王国の領土ですし、ブラックベリーからは船旅ですもの」
「いや、道中の身の危険ではなくてだな……」
そう言うと、公爵はグラスに口をつけると、一気に飲み干した。
「ふうーっ」
「あらあら……」
「あの生意気な辺境伯に、イザベルが逆恨みされるんじゃないかと心配でな」
「まあまあ……。兄にもくれぐれも言っておきましたから大丈夫ですわ」
…………。
「たまには、二人で過ごすのもいいものですわね」
「うむ。お前も飲みなさい」
「はい。いただきますわ」
夫人はグラスをゆっくりと回し、公爵自慢のワインの香りを存分に味わうのだった。




