第3章 内政編 第22話 ブランド
「……以上です。レオン様」
「報告ご苦労様、カールトン」
アウル領の特産品として、市場に出されたばかりの『ドラゴンソルト』の人気は上々。まだ流通量は少ないながらも高い評価を得ているらしい。
しかも、この塩は『ドラゴンミート』として人気のドラゴン肉との相性も抜群なのだとか。
「今日はもう休んでくれていいぞ。ゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。ですが午後からインスぺリアルの担当者と打ち合わせがあるものですから」
「そうか。大変だな。交渉は任せるよ」
「ありがとうございます。坊ちゃま」
「いいかげん、坊ちゃまはやめてくれよな」
キールの所との打ち合わせは、主に交易ルートに関するもの。カールトンには、何かあれば相談に来るように告げて、俺は自分の仕事に取り掛かることにした。
目の前の机には、書類の山があるが、午前中には処理できそうだ。今日はゆったりとひとりで過ごしたい。
何しろイザベルを迎えることに決まってからというもの、肉に塩にと、慌ただしかったからな。たまには誰にも邪魔されずに、ひとりで黙々と過ごす時間もいいな。こんな風に思う俺は、もともとボッチ体質なのかも。
「うう~ん♪」
カールトンが退出した後、俺は執務室でお気に入りの椅子に座り、大きく伸びをひとつ。今日はこの後、ひとりで過ごすとしよう。
しかし、そんな時間もつかの間。俺の思いを打ち消す遠慮知らずのいつもの声が……。
「レオン様ぁ~! 大変っす! 大変っす~!」
“バァ~ン!”
廊下から何やらうるさい声が聞こえてきたかと思うやいなや、俺の執務室のドアが擬音付きのような勢いで開けられた。全く、ノックもしないで!
「ちょっと、レオン様! 大変っす!」
「あ、あのなあ……」
お前の主人は、報告書をに目を通しつつ、決裁の真っ最中なんだぞ! ちなみに午後からは、屋敷の庭につくらせた立木で、打ち込みをする予定。
たまには静かに自分と向き合いたいという俺の思いなど、お構い無しのようだ。
「何だモルト! まったく、騒々しい!」
俺は少しイラつき気味で言葉を投げかけたのだが、モルトは意も介していない様子で、もふもふ尻尾をゆったりと揺らしている。そういやこいつは昔から物怖じしなかったよな。
祖父の前ですら平気な顔をしていたっけ。孫の俺でも直立不動だったというのに。
「ドランブイが至急、話したいことがあるとかで、大慌てでこちらに向かっているそうっす!」
「……で? お前がそこまで慌てるような理由でもあるのか?」
「それが、何でも塩のことらしいっすよ!」
「塩?」
俺はついさっきカールトンから『ドラゴンソルト』の輸出が好調だという報告を聞いたばかり。我が領の看板商品に育てたいのだが、何か欠陥でもあったのだろうか。
「ドランブイは、塩の出荷を中止したいそうっす!」
「な、何だってー!」
◆
「レオン様」
程なくして、ドランブイがやって来た。こちらは、誰かとは違って多少急いではいるが、極めて礼儀正しい。モルトもいい加減見習って欲しいところである。
「実は、『ドラゴンソルト』なのですが、品質が一定してないことがわかりました。これはひとまず出荷を取りやめられた方がいいかと思います」
「くっ。……やっぱりか」
「はい。それも速やかに。一刻も早く中断されるべきかと」
ドランブイの話によると、『ドラゴンソルト』は、高価なため小袋に分けられて出荷しているのだが、何でも袋によって品質がまちまちなのだとか。
「ウチの製塩技術が未熟なのだろうか?」
「いえ、そうではありません。どうやら私が見るに、水を採取する場所によって塩の風味が変わるようです」
俺たち三人が、試行錯誤してサンプルを作った場所以外にも、周囲には水質がよくて塩分濃度の濃い場所が複数あった。それら何か所からか水をくみ上げて塩をつくっているのだが、一体何が問題なのだろう。
ちなみにドランブイは、慌ててやって来た割りにはどうも声が明るい。あまり困ったようには感じないのだが。はて……。
「どうやら、採取する場所によって、水質がかなり違うようですな」
このカルア海は、湖底から冷泉温泉が湧き出る箇所が複数あり、それぞれが違った泉質を持つ。それに伴い、精製される塩にも独自の香りと味わいの違いがあるのだとか。
「源泉から離れた所にある塩は、不純物が少ないので、これまで通り『ドラゴンソルト』として売ればいいでしょう。しかし、源泉近くで取れた塩は……」
「やはり、売り物にはならんか?」
「いえ逆です。プレミアがつきそうな代物ですぞ!」
ドランブイによると、これらの塩は、それぞれが調味料やハーブをまとったような品質なのだとか。
「これらは、いずれも我が商会が取り扱っている香辛料並みの価値があると思われます」
「何だって!!」
こと香辛料に関しては大陸でも指折りの商人であるドランブイがここまで言うのだから、その価値は計り知れない。思わず立ちあがる俺に恭しく頭を下げるドランブイ。
「現在出荷・製造中の塩は一旦休止して、ブランドごとに再編すべきかと。大陸南部への販路はこのドランブイに、ご一任あれ」
何でも源泉から離れた温泉成分の少ない塩は、レギュラータイプの『ドラゴンソルト』で今のまま通常販売が望ましいらしいのだが、問題は温泉成分が多く含まれる塩。
それらは大きく分けて三種類あるそうで、それぞれ『ドラゴンソルト』シリーズの『レッドラベル』『ブルーラベル』『ゴールドラベル』と名付けて売り出したいという。
一種のブランド戦略とでも言うものだろうか。
「これらは南のエルフ王室から珍重されること間違いないですぞ。私には、王室御用達の商品にする自信がございます。重ね重ねお願いしますが、是非このドランブイにお任せあれ」
「それがいいっす。レオン様、ここはドランブイに一任すべきっすね!」
上から目線で、もふもふ尻尾をふりふりするモルト。自慢げである。何でお前が勝手に許可してんだ? しかも、偉そうに!
「忘れちゃ困るっすよ! 『ドラゴンソルト』がブランド展開にいたるまでになったのは、そもそも誰のお手柄っすか?」
「……」
「王都に出向いて、レオン様が必要な資料を持ってきたのは自分っすよ。しかも、『ドラゴンソルト』の開発にも携わっるっす。忘れたんすか」
確かにそうなのだが……。お前が、塩造りを嫌がっていたのは、忘れてないけどな!
得意げに振られるもふもふ尻尾を眺めつつ、こいつの言い方が何だか気に障るのは、俺の気のせいなのだろうか。
「分かったから、直ぐに皆を集めてくれ!」
多少イラッと来つつも、俺は急いで『ドラゴンソルト』のブランド化に向けての販売戦略を練り直すことにしたのだった。




