第3章 内政編 第20話 目的地
これから、我がブラックベリーは、数百人の山エルフたちを迎えることになっている。街は、領主館の改装に加え、山エルフをはじめとする移住者たちの住居も、内装が着々と進んでいた。
それに加え、城門の入り口近くに元あった商館跡を改装し、ドランブイの商会の支店へと改装中。ドラゴンを主に扱うそうで、名前も『ドラゴン・ベリー商会』とするそうだ。
「この支店は、別の店として立ち上げたく思います」
「息子さんたちの店の方は、それでいいのか?」
「なあに、あいつらは、ほおっておいても大丈夫です」
ドランブイはそう言って、目を細めて口ひげをさわっている。かなり自信があるようだ。
「この老いぼれ、レオン様の元、もう一度現役に復帰したく思います」
『ドラゴン・ベリー商会』は、あくまで本店とは別にしないと、会計がややこしくて大変だという事情もあるそうだ。髪にも白い物が混じり始めているものの、まだまだ、息子たちには負けられないというドランブイ。頼もしい限りである。
◆
街の大規模な内装工事にようやくメドがついたある日―――。
俺は山エルフの職人たちで、活気あふれる街を視察しつつ、考えを巡らせていた。
「ドラゴンに加えて、我が領の特産品が欲しいな……」
「それは、なかなか難しいっすね~」
どうやら俺は無意識に心の中のことを、口に出して呟いてしまっていたらしい。
「モルト、大森林のラプトルで、ウチの財政はどれほど助かるんだ?」
「微々たるもんっす」
「え! まさかそんなことは無いだろう?」
ドランブイの店はまだ建設中とはいえ、ドラゴンの捕獲から取引をドランブイが取り仕切ってくれている。びっくりした俺に対して、わざとらしく肩をすくめるモルト。
「あのねえ……。レオン様、わかっておられるんっすか!」
「な、何がだ?」
「ドラゴンの捕獲は割りが合わないんっすよ。それに加えて危険すぎるっすから、今まで誰も手を出さなかっただけっす」
「……」
ドラゴンの捕獲には、多大な人件費がかかるのだとか。船員たちの危険手当に加えて、警備の人員。船もインスぺリアル製の大型船が必要なため、多数の船員を必要とする。そのこともあって、ここ最近はセリスに警備担当として同行してもらっているのだ。
「はっきり言って、一度船を出してもラプトルの収穫が五頭以下なら赤字っす。まあ、そこのところはドランブイがうまくやってくれてますし、山エルフたちの仕事が増えるんで、キール様も喜んでおられるっすけど」
「ですが、イザベルさまをお迎えしたり、こちらで生活していただく資金も要るっすよね!」
「……」
「全く! 少しはしっかりしてくださいよ。こっちは毎日大変なんすっから!」
確かにその通り。……だと思う。しかし、このイザベルの話をまとめてきたのは一体誰なんだ! しかも、ライリュウの件のことをすっかり忘れたかのような、この言いぐさは……。
こいつがあまりにも偉そうだと思うのは、俺の気のせいだろうか。
◆
その後、ドランブイの店も正式にオープンし、街にも王都からの移住者も少しづつ増えてきた。彼らには、農業や漁業、更に店の店員や運送業の手伝いなど様々な仕事に就いてもらっている。
そして領地経営について、実は真面目に考えているつもりの俺は、ここのところ、連日のようにカルア海の視察に来ている。
強い日差しに、煌めく湖面。祖父の遺した地図を見つつ、時折立ち止まりながらも、黙々と歩き続ける。ここのところ、稽古の時間を返上して湖畔を一日中歩き回っている。
もちろん、街のように舗装なんてされていないから、砂浜を歩いたり岩肌を登ったり。結構過酷なトレーニングにもなっている。これは下半身を鍛えるのにちょうどいいかも知れない。
「お兄様、そろそろ、この視察の目的を教えていただいてもいいでしょうか」
「そ……そおっす。ぜい……はぁ。れ、レオン様は、無口にもほどがあるっす……」
「お兄様は、何でも、はっきりしてくれません」
「そ、そんなのだから、いつまでたってもボッチなんすよ~」
二人は、こんな俺に不満そうだが、俺の知ったこっちゃない。なぜなら……。
「お前たち、文句があるなら、別に視察に付いてこなくてもいいんだぞ」
「ダメです、お兄様! もし、エルフや獣人の女が出たらどうするのですか!」
「自分はそろそろ限界っす!」
「だめです! しっかりとお兄様にお仕えなさい!」
一体、セリスは俺の何を心配しているのかとも思ったが、とにかく、多少不満ながらも、俺についてくる腹らしい。
最近。ようやく、ドラゴン狩りが軌道に乗り出してきたおかげで、セリスに大森林での護衛を頼まなくても済む様になってきたのだ。
◆
「よし、ここだ!」
一か月後。俺はようやくお目当ての場所を見つけることが出来た。何度も地図や文献とにらめっこをしつつ、時折湖畔に降りては水を掬って調べた成果がようやく出てくれた。
崖の上から湖面を見下ろすと、色鮮やかな魚影に、底には美しいサンゴ礁。それほど深くないとはいえ、砂地の底まで見通せる透明度。
俺は、手桶にロープを付け水を掬う。一口味わってから手桶を黙ってモルトにまわした。
「うっ……。ぺっ、ぺっ! しょっぱいっす~! ひょっとして、レオン様は、新たな特産品を考えておられたんすか」
「まあな……」
「お兄様、さすがです!」
カルア海は、塩分濃度が一定ではない。二つの大河が流れ込む河口から遠ければ遠いほど、塩分濃度が濃くなり、植生も違ってくる。
「いや~てっきり、新しい稽古だとか何とか。レオン様の道楽に付き合わされただけかと思ったっす」
そう言って、尻尾を振るもふもふ狐。
「お、お前って奴は……」
この日、俺たちは、このカルア海で一番塩分濃度が濃く水質も美しいとされる地点を見つけることに成功したのだった。




