第1章 王都追放編 第6話 祖父
祖父は、貴族の一員としてほとんど仕事らしい仕事はしなかったそうだ。孫の俺からみても、貴族らしくない貴族の祖父だが、唯一身を入れて取り組んだ仕事は種族間の融和事業だったそうだ。
その仕事とは、具体的にいうと人間から差別されてきた亜人達の王都への受け入れと保護である。
王国がいくら不景気とはいえ、それでも亜人たちが暮らしている大多数の地域と比べればまだましだ。それが証拠に大陸中から亜人たちの流入も続いている。
エルフや獣人たちからすれば、たとえ差別されようとも、よりよい賃金や待遇の仕事を求めて王都を目指すのは当たり前のことだろう。
幼いころ、何度か祖父に連れられて、何度も亜人たちの領地を訪れた俺からすれば、十分頷ける。確かに中には山エルフの領地のような豊かな所もあったが、中々厳しい所が多かった。そんな所に比べて、ここは違う。
何しろ、王国は確かに財政上は厳しいかもしれないが、慢性的な人手不足が長年続いているのだ。
王国側も、本音でいえば異種族の受け入れに対して否定的な人も多いが、背に腹は代えられないといったところだろう。もっとも、反対しているのは一部の貴族たちなのだが。
そして、このような王国貴族がやりたがらない仕事を、立候補までして大喜びで請けたのが祖父だった。
いくら、名ばかりとはいえ、一応伯爵だったクラーチ家。理不尽な目に遭うことの多かった亜人たちが、頼るのはいつもウチの家であり、祖父はいつも身銭を切って彼らを助けていたそうだ。
そのこともあってか、ウチの家で働いていた者は、執事からメイド、使用人に至るまでほぼ亜人である。
「レオン様~!」
「好きです」
「これ、どうそ……」
「あっ、待ってください」
「あ、愛してます」
…………。
俺が、子供のころから、こんな風に亜人の女の子たちからまとわりつかれていたのも、我が家の方針のせいなのだと思う。
もっとも、俺の前には常にセリスが両手を広げて立ちふさがっており、エルフやケモ耳女子たちを、シャットアウトしてくれていたので、詳しくは分からないが……。
他人から好意を向けられれば嬉しくなるのは人情だし、俺には他の貴族のような、亜人に対する差別感情なんてない。
逆に、異世界の教育を受けて育ったせいだろうか。他の人種を平気で差別する貴族たちに対する嫌悪感の方が強い。
王国内で立場が弱く、差別されることの多いエルフや獣人といった亜人の女の子たち。
彼女たちは、この前のコロシアムでの試合ではどこで聞きつけたのか、たくさん観戦に詰めかけてくれた。そして、声をからして俺を応援してくれた。きっとチケットを取るのも大変だったことだろう。
俺は、もっと会場で彼女たちに感謝の気持ちを表したかった。だけど、あまりにも嬉しくて涙を見せたくなくてぶっきらぼうに、不愛想に振る舞ってしまった。
今になって少し後悔してきた。申し訳ない。そして……ありがとう。
◆
「それにしてもお兄様。王都からの追放など、あんまりじゃないでしょうか」
馬車の中では、相変わらず恨み言を繰り返すセリス。俺は、彼女を慰めるように語りかける。
「まあ、気持ちは分かるけど……そう追放、追放と言うなよ。俺はこれでも清々しているんだから」
セリスは、祖父の親友の忘れ形見らしく、クラーチ家の子として育てられた。血は繋がっていないが、俺にとってたった一人の妹であることに変わりはない。大切な身内である。
貴族は多くの妻や妾を持ち、多く子をなすことが普通。それどころか、仕事か義務のようにすら考えられている。
そんな社会で、伯爵家にもかかわらず、祖父は最後まで一人の女性だけを愛して生涯を終えた。祖母が亡くなってからも、再婚しようともしなかったという。
俺から見ると、単に本人は剣の稽古と俺への教育、そして民俗学の研究に夢中になっていただけだと思う。
しかし、こんなことも相当な変わり者だと世間というか、貴族社会から後ろ指をさされる原因のひとつだったらしい。
人の悪口や、他人の足を引っ張ることが、何より好きな我が王国の貴族たち。彼らにとって、さぞやクラーチ家は話題に事欠かなかったことだろう。
まあ、今となっては仕方のないことだ。そして、よくよく考えれば、俺はそんな祖父のおかげもあって、今こうして、王都から公然と出ることが出来たのだから不満はない。
半独立国の様な権限が与えられている辺境伯なら、誰の目も気にすることなく、自分のペースで好きなように過ごせそうだ。ま、まあ、モルトとセリスの目はあるけれど……。
頭の中には、すでにこれからのプランがいくつか立っている。まあ、実際に現地に行ってみるまでは、正直なところ分からない。
俺は、少し乗り心地の悪い馬車に揺られながら大きく伸びをしたのだった。