第3章 内政編 第17話 名産品
「う~ん!」
翌朝。ぐっすりと熟睡していた俺だったのだが、ばたばたと騒がしい船内の動きに目が覚めてしまった。まだ早朝だぞ。
隣を見ると、モルトの姿はもうない。
「レオン様……。もしもし、レオン様お目覚めでしょうか……」
ベッドの中で目を覚ました俺がもぞもぞしていると、外から、ネグローニの声。
「すぐ甲板までお越しください」
目をこすりながら甲板へ出ると、そこにはすでに軍服に着替えたセリスの姿。寝起き姿のままの俺とは大違いである。
「お兄様、あれを見てください」
セリスに促されて、昨日仕掛けた罠の方を見遣ると、両岸とも五つずつ設置した罠の全てにラプトルが入っていた。ひとつの檻に二匹入っているところまである。数えてみると、全部で十二匹もいた。
中のラプトルは、エサを食べて満足したのかほとんどが大人しくしている。中には眠っているものも数匹。
「檻の周りのラプトルは、追い散らしておきましたぞ」
「やってやったっす!」
どうやら、遠距離攻撃で追い払ったらしい。ま、まあ、甲板からいらない物を投げつけて追い払っただけらしいが……。ありがとう。見てなかったけどね。
「そうそう、お兄様。モルトから聞きましたよ。昨晩お兄様は寝相が悪くて、モルトに何度も毛布を掛けてもらったとか」
「え……?」
「いくら寒くないとはいえ、やはりお兄様ひとりでは心配です。今晩は、私がモルトに代わってお世話をしたいと思います」
どうやらモルトは、昨晩、恐くて俺に添い寝してもらったことは、皆には内緒にしているようだ。それどころか、言うにことかいて、俺の世話を焼いていただなんて! 主人の世話をするのは執事として当然だと~!
いつの間にか、だらしない主人としっかりした執事のような話になっていると思うのは、俺の気のせいなのだろうか。
「モルト、お前昨日は……」
「わ、わ、わ! 言いっこなしっす!」
すっかり、汚れも落ちてふんわりとした、もふもふ尻尾を振りつつ、必死になって慌てるモルト。これ、貸しだからな。
◆
「天気が崩れるかもしれません。できるだけ急ぎたいのですが」
ネグローニ達は、檻の回収作業が済み次第、出航したいらしい。作業中は、俺とセリスに周囲を警戒してもらいたいそうだ。
「お兄様、早く!」
「遠距離攻撃は任せてくださいっす!」
俺はセリスに促され、寝巻姿のままベルトを締めると、腰に大小をぶっ込み、下船したのだった。
檻に入ったラプトルは、暴れるものもいたが、寝ていたり大人しくしているものから順次船内へ。俺は周囲の様子を窺うのだが、大森林からは、特に変わった気配もない。ここは俺一人でも十分だろうから、セリスにも作業に加わってもらう事にした。
「ううう……。お兄様の側がいいです」
そう言いながらも、山エルフたちが数人がかりでやっと動かせる檻を、ひとりで引っ張っていく。さすがはセリス。おかげで、朝食前に作業が済んでしまったのだった。
◆
「ところで、このラプトルは一頭あたりいくらくらいなんだ?」
回収作業がひと段落し、そのまま慌ただしく出航準備にとりかかるネグローニたちを見ながら俺はドランブイに話しかけた。
「まあ、このまま運んで生きた状態だと、少なく見積もっても、七百万アール以上にはなるでしょうか」
いい状態だと、一千万アール近くなるのだそうだ。ちなみにこの大陸では、長らく物価が安定しており、拳くらいの白パンは、五十アールくらい。バゲットと呼ばれるブーツのような形をした大ぶりの固いパンはに二百アール程。庶民的な店で外食すると、一人前、およそ七百アールくらいである。
そんな中、食用肉の最高品種とも呼ばれるドラゴン肉は、需要に比べて、供給が極端に少なく、高騰しているらしい。
「かつて、大森林のラプトルは、『ドラゴンミート』のブランド名で、大陸各地に流通していたそうです。大森林は、この大陸でも数少ない空白地帯。いっそうのこと、入り口だけでも領有されても、誰も文句は言いますまい」
「領有って……。俺はブラックベリーの街の開発すら手つかずだぞ」
「いえ。領有とは申しましても、あくまでもこの辺りのみ。キール様と王国、そして南にあるエルフの国にお伺いを立てれば、書面だけでこと足りるでしょう」
「なら構わないが……」
「レオン様。キール様の所から、大量の檻を仕入れましょう。毎日ラプトルを献上すれば、キール様もお喜びになるはずです」
キールからは、今までのお礼として贈ったラプトルという小型のドラゴンが大好評で、できればもっと欲しいと言われているのだが、いくら何でも毎日じゃ、飽きるんじゃないだろうか。
「そういうことでしたら、一旦、我が商会が全て買い取らせていただきます。キール様へは、優先的にお回しすることにいたしましょう」
何でも大陸南部には、ドラゴンの肉や素材はほとんど流通していないらしい。ドランブイによると、商会を通して毎日でも高値で売りさばく自信があるそうだ。
それに伴い、ブラックベリーに商会の支店を作り、ラプトル肉の買い取りや解体・素材の加工をしてくれるという。
「今は討伐されたドラゴン肉がたまに出回るくらいですが、生きたドラゴンを大量に出荷できれば、この大陸の食糧事情が変わりますな!」
「お兄様、これをご覧ください」
興奮気味に語るドランブイの横から、セリスが見せてくれたのは、最近お気に入りのネックレス。
「キール様が、仲直りのしるしとしてくださったものです。なんでも、ドラゴンの牙を削って作ったものだとか」
「ほう、これまたすごいものですな。普通でも数十万アールはするでしょうが、これは、キール様から直々に頂いたという王家の紋章。オークションにかければ、百万アールは下りませんでしょう」
セリスの真っ白な手のひらに載っているのは、二匹の大蛇が絡み合う、紛れもない王家の紋章。さすが山エルフの技術で作られただけあって、精密な彫刻が施されている。
「百万だと! 宝石並みじゃないか!」
「まあ、同じくらいの技術で、一般的な装飾でしたら、二~三十万アールが相場でしょうが……。それもこれも、山エルフの技術があればこそでしょうな」
「そうだな。今後のこともあるし、まずはキールの所に相談に行こう。ネグローニ頼む」
「はっ」
「よかった~。やっと出航っすね~」
俺たちは、ブラックベリーを素通りして、キールの館へ急ぐことにしたのだった。




