第3章 内政編 第15話 大森林
「レオン様、もうすぐです」
「うん」
俺は、ネグローニの言葉にうなづくと、腰に帯びた太刀に無意識に手をやる。
右舷に砂漠を見つつ、穏やかな水面をゆっくりとすすんでいた俺たちの目の前に、いつの間にか濃い緑の塊が現れていた。
「こちらをご覧ください」
ガレオン船の舳先に立って、正面を指さすネグローニ。髪をなびかせて前方を見据えるその勇姿が凛々しい。何故だか幼き日に見たかつてのキールを思い出してしまうのは何故だろう毅然とした中にもどこか慈しみを湛えた美しい瞳。そんなネグローニのキラキラした目に吸い寄せられてしまった俺なのだが……。
あ、い、いや……。やましい気持ちはこれっぽっちもありません。ネグローニは、そんな俺の視線に気付かない様子かと思いきや、髪をかきあげながら不意に振り返るものだから目が合ってしまった。
慌ててお互いそっぽを向いたのだが後の祭りである。
「お兄様!」
「こ、このままゆっくり進んでくれ」
何とか指示を出した俺に、冷ややかな視線を送るセリス。
「お兄様……。お分かりのこととは思いますが、くれぐれもご油断なさいませんように」
恥じらいながら、頬を染めてやや俯いているネグローニ。一方で、牽制するつもりなのか、愛用のレイピアに手をかけ、静かに殺気を放ってくるセリス。
はい……。油断は禁物です。ごめんなさい。
……ていうか、俺は、アウル領の辺境伯なのですが。確か辺境伯って、王都から離れた土地において、王と同じように好き放題出来る絶対的な力を持った存在だったような……。え?
す、すいません。よくわかりました。反省しますから、そろそろ殺気を収めてください。セリスさん。
そんな俺の葛藤に関係なく、船は大河をゆったりと遡上する。流れがひどく穏やかなため、河を遡るというより、大きな水路、まるで運河をすすんでいくような感じだ。
大森林に入ってしばらくすると、ガレオン船の両側に広がる光景が、少しずつではあるが確かに変わっていくのがわかる。奥へ進むにつれて緑が濃くなっていくようだ。
植物の生態も変わるのだろうか。色彩だけでなく、一つひとつの植物が幹も葉も花もすべてが今までと比べて大きくなっていく。
「ギュリュリュリュリュ……」
「グモォオオオ……」
遠くから聞こえるドラゴンらしき鳴き声。岸辺に生える大木からのびる太い枝には大蛇の姿が見える。空を見上げれば、ワイバーンとかいうドラゴンの一種が、空高く舞っている。
しばらく進むと、見晴らしの良い草原に出た。いや奥に水辺が広がっているから湿地帯と言うべきか。
「……!」
そこはまさに、ドラゴンの楽園。様々な種類の四足獣が群れを成してのんびりと寛いでいた。
ライリュウと呼ばれる首の長い巨大なドラゴンが群れを成してのんびり草を食べているかと思えば、ゆったりと寝そべっているのは、大きな角を持った四足の親子。そして目の前には背中一面に板を並べた大型のドラゴンがのっそりと歩いている。
彼らは、かつて異世界に生息していたという「キョウリュウ」によく似ている。俺は子どもの頃、時間があるとよく祖父の書斎でこれらの文献を読みふけっていたものだ。
そして、今目の前にいるドラゴンたちは、今まで古びた挿絵と文章だけでしか、見たことが無い「キョウリュウ」にそっくり。
もちろん異世界の古代生物と目の前のドラゴンとは別物だろうが、子どもの頃に憧れた生き物によく似たドラゴンたち。それを生で見ることができて、俺は興奮を抑えきれないでいた。
あれは確か……トリケラトプスみたい。目の前を通り過ぎていったのは、ステゴザウルスで、あっちで昼寝しているのはアンキロザウルスかな……。本で見たものとそっくりだ。ただ、少し違うのは、目の前のドラゴンには、鮮やかな羽毛がうっすらと生えている個体がいること。
「れ、レオン様!」
何やら、さっきから「ゴ~ン、ゴ~ン」と何かを思い切りぶつかり合う音が響いている。モルトが指さす方向を見ると、遠くで頭突きをし合うドラゴンの姿。
けんかでもしているのだろうか。う~ん。よく見るとじゃれ合っているようにも見えるが、何て規模のスキンシップなんだろう。スケールがでかい。
「さすが『竜の庭』だ……」
これほどの草食のドラゴンが寛いでいる姿は圧巻ではあるが、逆に言うと、この一帯には危険な肉食のドラゴンがいないらしく、大迫力の中にも、どこかのんびりとした空気が流れている。
よく見ると、この草原の奥にはちょうど王都で見かける運河と同じくらいの川が流れている。水辺を嫌う肉食のドラゴンから守られているのだろう。この広大な草原一帯は草食の彼らにとって天然の安全地帯の様だ。
「お兄様、凄いです……」
「さすがに圧巻ですな!」
「れ、レオン様、入り口なんてとっくに過ぎてるっすよ~!」
すっかり、心が童心に戻ってしまった俺としては、このままもっと奥に進みたいところだが、涙目で俺の上着の裾を掴んでいるモルトに加え、ネグローニ達山エルフの船員の不安そうな視線を受けては、思いとどまらざるを得ない。
「この辺りで止めてくれ」
確かにこれ以上進むのは危険かもしれない。祖父の文献によると、大森林の奥地には、巨大な肉食のドラゴンがいるらしいのだ。
キールから送られた特注の檻は、中の餌を取ると入り口が閉まるという単純な仕掛けながら、捕まえたラプトルをそのまま檻ごと各地へ輸送できるという優れもの。
俺たちは山エルフたちに手伝ってもらいながら、湿地を避けて罠を設置することにしたのだった。
「お兄様は、私がお守りします」
「それより檻の設置を手伝ってくれないか」
「ええ~っ!」
ドラゴンの襲撃に備え、俺は祖父から譲られた愛刀を抜き放って警戒する。セリスもぶつくさ言いながらも、山エルフに交じって檻の運搬や設置を手伝ってくれた。ちなみにドランブイとモルトは船内で待機である。作業は手際よく進み、俺たちは船に戻ろうとしたのだが……。
「ぎゃーっ!」
耳をつんざくモルトの悲鳴を聞いた俺たちは、一目散にガレオン船に戻ったのだった。




