第3章 内政編 第14話 幕間
この日、俺はモルトにセリス、更にはドランブイを従えて、ガレオン船に乗り込んでいた。
「レオン様、お気を付けなさいまし~」
「ああ、十二分に気を付けるから、心配なんてすることないぞ~」
「お兄様! 何、鼻の下を伸ばされておられるのです!」
港では、ハンカチで涙を拭きながら見送るニーナ。そんなニーナに向かって笑顔で手を振る俺だったのだが、ふくれっ面のセリスに後ろから襟首をつかまれ、そのまま強引に引っ張られてしまった。お、おい! お前は領主を、そして兄を一体何だと思っているんだ!
「れ、レオン様~!」
そんな俺を見てびっくりして両手で口元を覆うニーナと、屋敷中のメイドや使用人たちに見送られ、俺たちは大森林へと出発したのだった。
◇
「いい風が出てきたな」
「本当っすねえ~」
俺の隣では、モルトも、目を細めて、もふもふ尻尾を気持ちよさそうに揺らしている。
ガレオン船の旅は、すこぶる順調である。山エルフたちの自慢の料理に舌鼓を打った俺たちは、デッキで、気持ちのいい風に吹かれながら、のんびりとしたひとときを過ごしていた。午後の柔らかい日差しを浴びて、川面も優しくきらめいている。
「お兄様、何か飲み物を取ってきますね」
騎士官学校での生活が長かったせいなのか、セリスは基本的に何でも自分でしようとする。普通の貴族家に生まれた女の子なら、誰かを呼んで取りに行かせるところなのだが。
今は、山エルフの船員たちは、それぞれ忙しそうにしているので、こんなセリスはありがたい。
「自分も何か食べ物を持ってくるっす」
モルトも、両のほっぺたを膨らませ、口をもきゅもきゅさせながら、席を立った。お前、さっき食事したばかりだろうが! しかも、よく食べながらしゃべれるな。
若干呆れ気味の俺の視線をよそに、モルトはもふもふ尻尾を揺らしながらセリスの後を追っていった。
そして、二人になったのを見計らったように、ドランブイが、自分のひげをなでながら、のんびりと語り掛けてきたのだった。
「時間もあることですので、レオン様にお聞きしたかったことがあるのですが」
ドランブイは、王都からキール様の元に来られるまでのことを聞きたいそうだ。せっかくの機会なので、俺は自分のことを含めて、これまでのことを包み隠さず話すことにしたのだった。
◇
異世界からの転移者を祖父に持つ俺は、学校には行かず、祖父から異世界の言語や風習、そして剣術の指南を受けて育てられた。
しかし、どうもこの国、特に貴族社会には馴染めずにいた。おそらく、祖父から叩き込まれた異世界仕込みの教育と異世界の風習と常識に染まっているクラーチ家の家風のせいだと思う。
そんな俺は、伯爵家を継いだものの、窮屈な王都から離れてのんびりと気ままな生活がしたいという思いが増すばかり。
そんなある日、モルトにすすめられて、コロシアムの武術大会に出場することにしたのだった。
「ぴったりな大会があるっすよ。レオン様、対人稽古が出来てないって、嘆いてたじゃないっすか」
そう。祖父から直々に手ほどきを受けた剣術は、ひとりでも習得は可能なのだが、いくら何でもずっとボッチはつらい。たまには他人と手合わせもしたくなるのが人情ってもんだろう。自分の成長を確かめてみたいという思いもあるし。そんな気軽な気持ちで出場したのだった。
「しかも、これに優勝すれば、王国師範と手合わせできるチャンスまであるっすよ~♪」
今にして思えば、もふもふ尻尾を振りながら、すり寄って来たモルトの口車にまんまと乗せられのかも知れない。
「キャ~ッ! レオン様~♡」
「お勝ちになって~」
「せえ~のお……愛してま~す!」
大会自体は、亜人の女の子たちからの、熱烈な応援を受けて優勝することができたのだが、問題はその後。
優勝者に対するご褒美として設けられた特別試合で、俺は王国最高師範に完敗。そして試合後、大歓声に振り返った俺は、目つぶしを喰らった右目を思わず閉じてしまった。
そんな一連の動きをこともあろうか、自分へのプロポーズだと勝手に信じ込んでしまったのが公爵令嬢イザベル。
どうやら、彼女から好意を持たれたようで、俺を主賓とした舞踏会まで開かれてしまった。そこで俺は、イザベルのかわいらしさに一瞬気を取られはしたものの、持ち前の自制心で持ち直し、事実上の婚約へとつながるお茶会への誘いを、何とか断ったのだった。
◇
「ほう。それでですか」
「ああ。ただでさえ王国貴族たちから嫌われていた上に、公爵家を敵に回してしまった俺は、辺境伯への昇進と引き換えに、辺境に追いやられたのだろうな」
「では、レオン様は、今後アウル領をどのようになさるおつもりですかな」
「今のままじゃ、領地とも言えないしな。少なくとも自分の所で自立できるくらいは発展させたいさ」
「ならばこの、ドランブイを存分に使ってくださいませ」
……。
「お兄様~、美味しそうなお酒がありました~♡」
「ニーナさまが用意してくれたお団子ドーナツもあるっすよ~♪」
お酒は飲むが、ドーナツはいらないぞ。モルトよ、一体何度言えばわかるんだ!
「レオン様、遠慮なさることないっすよ~」
「お前、俺の話を聞いていたか!」
こうして、俺たちはゆっくりと大森林目指して進んでいったのだった。




