第3章 内政編 第13話 船旅
モルトによると、イザベルは大陸南部を遊学するという名目でこっちに来るらしいが、期間は一年程だとか。ずっと居る気かと思ったが、それなら何とかなりそうだ。俺が内心、盛大にほっとしたのは内緒である。
「イザベル様は、お付きの護衛やメイドたちとこの屋敷に住まわれるそうっす。ここを拠点にあちこち見て回られるらしいっすね」
「でも、何でメイド長なんだ?」
「何言ってんすか~! 御身分をお隠ししていないとあぶないっしょ! 公爵家の御令嬢が護衛やメイドに守られているのを、メイド長が直属のメイドを従えているという事にしておくっす!」
「で、こっちに来るのはいつくらいになりそうなんだ?」
「まあ、少なく見積もっても、大体二~三か月くらいはかかるっすかね~」
この二~三か月という期間を、長いと取るか短いと取るかは人それぞれだろう。しかし俺は、まだ二~三か月の期間があると前向きに捉えようとしている。努めてのことですが!
「イザベルが来るまで、まだ時間はあるな。それまでに出来ることはしておこうと思うんだ」
「そうっすね~。さすがはレオン様っす!」
ブラックベリーの開発は、今のところ順調である。俺は、満足そうにゆっくり揺れているモルトのもふもふ尻尾を見ながら、次の一手を打とうとしていた。
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いくら、辺境でのんびりとスローライフを望んでいる俺とはいえ、一応は領主。そんなにがつがつ開発をすすめる気もないが、せめて黒字の領地経営をしたい。第一、このままずるずるキールのお世話になり続けるのもどうかとも思う。イザベルも来ることだし、あまりに恥ずかしい状態は嫌だ。
農地に関しては、山エルフの船員たちに加えて今回新たに来てくれた入植者たちが、毎日耕してくれている。作物の種や苗は山エルフの農場から運び込み済み。明日からは、いよいよ種まきと苗植え作業である。順調そうで何よりだ。
そして、俺としては、何か我が領の名物になりそうな新たな産業を興したい。
この辺りは極端な気候のため、この地だけで自給自足は難しい。難しいことに下手に手を出さず、自分たちの得意な分野で勝負する方がいいだろう。
例えば、キールたち山エルフは、銀と木材の輸出と、海運・建築などで国の収入を得ている。ウチも、何かしたいところであるのだが……。
ここのところ、俺は毎日セリスとモルトを連れては、カルア海の湖畔を見て回っている。このカルア海は、その全域がキールたち山エルフの縄張りだというが、基本的には誰でも自由に漁をしたり行き来できたりするらしい。公海とでも言うのだろうか。
この日も大した成果もなく、領主館に戻ってきた俺たちの元にドランブイがやってきた。
「レオン様。今しがたキール様からのガレオン船が到着したところらしいです。例のものが届いたとのこと」
「本当か、すぐに見に行くよ!」
他の物資と共に、キールに頼んでおいたラプトル用の罠が届いたそうだ。現物を確認して大満足の俺。
「すぐに罠を仕掛けに向かう。ドランブイも同行を頼む。すぐに出発するぞ!」
興奮気味にまくし立てる俺にどこか白けたモルト。
「レオン様~。大森林なんて、近寄っても何もいいことないっすよ~」
どうせ、ドラゴンが怖いからこんなこと言っているんだろう。モルトよ。お前の気持ちなんてこちとらお見通しなんだよ。
「大丈夫だ。あくまで大森林の入口までしか行かないから」
「本当っすか~?」
「ああ。安全だから、モルトとセリスもついてきてくれ」
「私はお兄様の護衛です。危険な所こそ連れていってください!」
「本当に大丈夫なんすかね~」
「今後、ドラゴンの肉は、我が領の有力な輸出品になるかも知れませんぞ。私も是非ご同行の許可を!」
若干腰が引け気味な約一名を含む俺たち四人は、ネグローニたちの操るガレオン船で大森林に向かったのだった。ここブラックベリーの港から大森林の入り口までは一泊二日の行程。これも腕のいい山エルフの船員たちのおかげである。船旅の間は、船室やデッキでゆっくりくつろがせてもらうつもりだ。
◆
「ダウト~!」
この日の晩、俺たち四人は、船室でクラーチ家に伝わるカードゲームに夢中になっていた。これは祖父が異世界に居た頃、お気に入りだったという代物である。たまたま祖父の書斎に在ったので、多くの書物や文献と共に、この世界にやってきたのだそうだ。
「何すか~! 何で自分ばっかり負けるんすか!」
「単にお前が弱いからだ!」
「悔しいっす~! もう一回したいっす~!」
「じゃあ、そろそろお開きとするか」
「なぜっすか~!」
「さすが、クラーチ様が異世界から持って来られたという札遊びですな。これを商品として出せば、かなり売れそうですぞ」
「将来は、ドランブイの所で商売してもらってもいいよ。製造から販売まで好きにすればいい。今まで散々お世話になってるしな」
「レオン様、本当にいいのでしょうか?」
「ああ」
「ありがとうございます~!」
この大陸にあるトランプやリバーシも祖父より前に異世界から来た者が伝えたのだとか。嬉しそうに両の瞳をランランと輝かせるドランブイ。さすがは、大陸南部で屈指の商人と自認するだけのことはある。
「それより、この檻のことなんだが」
「はい、レオン様。これはかなりの出来ですぞ。ひょっとするとドラゴンは、我が領の名産品となるやもしれませぬな」
そして翌朝。
俺たちは大森林の入り口に到着したのだった。




