第3章 内政編 第12話 公爵家
「ですから、レオン様、いい加減身を固めてもらわないと困るっす」
「いやそれは……。まだ、領地経営もままならないのに、急すぎないか?」
「そんなことないっす! ほら!」
「それに、この度の婚姻によって、クラーチ家は、王国内で大きな後ろ盾が得られるっすよ。ほら!」
「別に後ろ盾なんて、いらないぞ」
さっきから、モルトが「ほら! ほら!」と、俺に見せつけているのは、結婚の釣り書き。いわゆるお見合い写真である。そして、そこに映っているのは、公爵令嬢イザベルの姿。
「イザベル様とのご結婚さえ実現すれば、すぐにでも王都に帰れるかも知れないっす!」
「俺はそれが嫌だと、ずっと言ってるだろうが!」
「じゃあどうするんすか? ずっと、アウル領にいる気っすか?」
「そのつもりだけど」
「はあ~っ」
俺の言葉を聞いて、あきれたように肩を落とすモルト。そのため息もわざとらしいぞ!
「なら仕方ないっす。ここに、イザベル様をお迎えするのはどおっすか?」
「え、え、え……」
正直、それはちょっと、いや、かなり困るのだが……。狼狽する俺に詰め寄るモルト。
「何すか! まさか、セリス様のこと、本気なんすか……」
「え? い、いや……」
「お二人が仲いいのは知ってますが、いくら血がつながっていないとはいえ、妹君とご一緒になられるのは外聞が悪すぎるっす!」
「お前は、公爵家の回し者か?」
「ち、違うっす~!」
“ガッシャ~ン!”
俺の怒りを感じたのだろうか、モルトは後ざすりした拍子にテーブルに置いていた俺の秘蔵のシングルモルトの瓶が……! 後でこっそり味わおうと思っていたやつなのに~!
復刻版ウイスキー『近衛騎士団』は、最近人気が急騰していて、王都でも中々手に入らないんだぞ!
「お兄様、失礼します」
「何か大きな声が聞こえましたの。ゴメンなさいまし~」
◆
その後、俺とモルトは、何故か執務室の床の上で正座させられていた。目の前には、腕組みをして俺たちを見下ろすセリスとニーナ。正直恐いっす。
それから、あの……。二人とも、せめてノックしてから領主の執務室に入ってきて欲しかったです。
二人とも怒り心頭のご様子。そして目にはうっすら涙を浮かべている。
「お兄様! これは、一体どういう事ですか!」
「レオン様は、ニーナに面倒を見させてくださいまし!」
「そんなの知るか! 俺もさっき初めて知ったんだぞ!」
イザベルの写真を突きつけられた所で、俺のせいじゃないんだぞ! 第一嫌がってるし! というか、何で俺が叱られてんだ!
「わかりました。モルト! 全てをお話なさい!」
「そうですの!」
「わ、わかったっす……」
◆
モルトは王都で、マリーに雇われた亜人たちに遭遇したらしい。彼らは、口々にマリーとイザベルのことを褒めたたえたのだとか。
「理由も告げず俺たちをクビにした公爵様はともかく、マリー様は行き場を失った俺たちを拾い上げてくださった恩人です」
「しかもマリー様がお仕えなさっているイザベル様は王都随一の美貌と言われるお方。更にはお心も美しく、まさにに天使のようだというのがもっぱらの噂です」
「俺たちの後ろ盾だったクラーチ家のレオン様と公爵家のイザベル様。こんなにめでたいご結婚なんてありませんや」
何でも、イザベルとレオンとの婚約が決まれば、自分たちの給金が上げるだけでなく、公爵家は沢山の亜人を雇うよう、国にも働きかけると約束したらしい。
「お兄様!」
「レオン様~!」
一体、俺にどうせよと?
モルトは彼らに案内されて公爵家へ行ったらしい。公爵には会えなかったが、イザベルやマリーには面会できたという。
そして、イザベルとマリーの話を聞いたモルトは、すっかりイザベルの協力者になってしまったようだ。
「とにかくレオン様の結婚で、救われる者が沢山いるっす!」
そう言うモルトの胸ぐらを、怒りに任せてつかみあげるセリス。お、おい……暴力反対~!
「私は救われるどころか、悲しみのどん底につき落とされてしまいますが!」
「ニーナもです~!」
「俺じゃなくても誰かがイザベルと結婚すれば、多くの人が雇ってもらえるんじゃないのか?」
「ところが、イザベル様ご本人が、レオン様以外の人と結婚する気がないんすよ~!」
目に涙を浮かべながら訴えるモルトなのだが、どうやらこの訴えは、俺の目の前の二人には、火に油を注ぐだけのような気がするぞ。
ほら! モルトこそ解放したものの、二人とも表情がますます険しくなってるじゃないか!
「お兄様!」
「レオン様~!」
だから、俺にどうせよと?
「レオン様が、どうしても辺境で気ままに暮らしたいというなら、イザベル様は身一つで嫁いでくるとまでおっしゃっているっす」
「お兄様!」
「レオン様~!」
だ、だから、俺に……(以下省略)。というか、どうして俺はこんな目に遭っているんだ。 何だか俺ばかり悪者にされている気がするのですが……。
「仕方ないっす。そういうことなら、イザベル様は表向きメイドとしてこの屋敷に来ていただくことになるっすね」
「な、何ですって!」
「嫌ですの!」
「聞いてないぞ!」
「だから表向きっす!」
「公爵様の御意向は、どうなんだ?」
「イザベル様はご遊学ということでお認めいただいてるっす」
「いいのか、それで」
「はい。ここにお迎えして名目だけのメイド長になっていただくっす」
本当にいいのか? こんなことして……。大体もし公爵様にばれたらどんなことになるか!
「そこは大丈夫っす。なにせ公爵夫人に了解を取り付けてるっすから」
「こんなことして、本当に大丈夫なんだろうな」
「仕方ないっすよ。公爵家が本腰を入れれば、王家ですら動かす程の力があるっすよ。いくらレオン様やセリス様がお強いとはいえ、一国とやり合う訳にはいかないっす」
「まさか。たかが結婚の逆恨みで軍を動かすなんてするか?」
「あそこはやりかねないっす。なにしろ公爵様は、普段おっとりされておられますが、一人娘のイザベル様の願いはどんなものでも叶えてきたことで有名な人っすから」
モルトはさり気ない風を装って立ち上がり、腕組みをしながら、右手の人差し指を軽く自分のこめかみにあてつつ、もふもふ尻尾をゆったりと揺らす。
お前は、異世界の名探偵か!
「そんな大切な一人娘が泣かされたんすよ。今頃怒りに震えられておられることと思うっす」
「お兄様!」
「え?」
「ここは、お覚悟のほどを。お兄様はセリスが命に代えてもお守りいたします!」
「お母様に相談しますの! ニーナも一緒に戦いますの!」
「……は?」
お前たち、どうしてそんなに好戦的なんだ!
「わかった。ここは公爵家の意向を受け入れる。結婚はしないがイザベルを屋敷に迎えよう」
「えええ~っ!」
セリスとニーナが声をそろえて反論するが、これはもう仕方がない。俺は屋敷にイザベルを迎える準備を整えることにしたのだった。
と、ところで……。俺だけいつまで正座させられているのでしょうか。




