第3章 内政編 第11話 任務
“コンコン”
「レオン様、失礼するっす」
入植者の受け入れも無事終わった翌日、夕食を終えた俺は、執務室にモルトを呼んでいた。
「任務は完璧っすよ」
「さすがは、モルト! 俺の右腕だけのことだけはあるな!」
満足気にうなずく俺。モルトには、人集めに加えて、ある重要な任務を託していたのだ。
それは、カールトンに保管を任せていた祖父の書庫に眠る膨大な蔵書の中から、領地経営に使えるものを選んで持ってきてという、極めてアバウトなお願い。俺もこちらに来るときに、選び抜いた本や資料をいくつか持ってきていたのだが、とても足りなかった。
王都にある祖父の書斎は、今は書庫として立ち入り禁止にして、カールトンの一家に管理を任せている。 ここには、異世界のものも含めて古今東西の資料に加え、祖父が自筆で書いた資料を含めると、数十万点は収められているだろう。
何しろ王都にある王立図書館ほどの規模なのだ。その中から、使えそうなものを取捨選択して持ってくるのは中々骨が折れることだったと思う。
モルトが運んでくれた本や資料は、馬車一台分もあった。書斎に運び込まれたそれらの本や資料を使用人やメイドと共に分類しながら、二日がかりで、ようやく本棚に収め切ったところである。
そして、資料の中でも、特に“これ”に関するものが欲しかったのである。俺は、お目当ての資料を手に取ると、興奮気味にモルトをさらに褒めちぎる。
「よくやってくれた。これで、ブラックベリーは復活するかもしれないぞ!」
「そうかもしれないっすね」
……あれ? 何やらモルトの様子がいつもと違う。やけにクールすぎないか。何か変な物でも食べたのだろうか。いつもなら、もふもふ尻尾をぶんぶん振りながら、自慢話をするはずなのに……。
「あの中から選んで持ってくるのは、大変だったろう」
「そうでもないっすよ。カールトンが手伝ってくれたんで、助かったっす」
「そ、そうか。カールトンにもお礼を言わなきゃな」
やっぱり何だか調子が狂う。他人に功を譲るなんて、お前らしくないぞ。心の中で小首を傾げる俺。
うん? 本棚のこの辺りは、何やら雰囲気が違う。
明らかに不審なモルトに感じていた俺の違和感は、次の瞬間、確信に変わった。
「これは?」
どう考えても、領地経営に関係ないような……。
「おい、モルト! 何だこれ? 『女心のつかみ方』って」
改めてその辺りの本を見てみると……。
『女心のつかみ方(入門編)』
『女心のつかみ方(実践編)』
『女性が喜ぶプレゼント大特集』
『プロポーズに使えるレストラン王都10選』
『幸せな結婚生活』
『出産なんて怖くない』
『楽しい子育て』
……。
固い資料や文献の中に、明らかに場違いなものが紛れている。結婚や新婚生活についてだけでなく、出産や育児について書かれたものまであるのはどうしてだ!
「いくら何でも『マタニティードレス特集』って、そんなの誰が着るんだ!」
「こ、これは将来必要になるっす!」
「絶対、領地経営には関係ないだろうが!」
「レオン様もクラーチ家の当主として、いつかは結婚していただかなくてはならないっす!」
た、確かに。
普段俺はその手のことは、出来るだけ考えないようにしていたが、貴族の家を継ぐ身として、結婚は避けては通れない問題。いつかはしなくちゃならないものだと、腹をくくっていることは、事実ではある。
「レオン様、実はっすね……」
そう言って、モルトは胸元から何やら取り出し、俺の目の前で広げたのだった。
◆
あの日、王都の獣人街にて、モルトの後をひっそりと付けていたいくつかの影。
「だ、誰っすか? 自分に手を出したら、王国で二番目に強いレオン様が黙っちゃいないっすよ!」
身構えるモルトの前で、影の一団は、静かに片膝を突いたのだった。
………………。
「なるほど。みんなの言い分はわかったっす。今から案内して欲しいっす」
「ありがとうございます!」
「さすがはモルト様」
「では、ご案内を……」
◆
公爵家の別館には、イザベルが不安そうな面持ちで、モルトを待ちわびていた。
「マリー。本当にうまくいくかしら……」
「大丈夫です、お嬢様。こちらには奥の手がございますので」
「奥の手?」
「はい。お嬢様もお覚悟なさいませ」
“コンコン”
「失礼します。お客様がお見えになられました」
「お嬢様」
「……」
マリーの言葉に小さくうなずく頃には、イザベルは、もうすっかりいつもの落ち着きを取り戻していた。
そして、お気に入りの椅子に優雅に腰かけて“お客様”を迎えたのだった。
【休載のお知らせ】いつもご愛読ありがとうございます。作者の都合により、10月は秋休みを取らせていただきます。連載再開は、11月からの予定です。詳しくは【活動報告】でお知らせしますので、よろしくお願いします。




