第3章 内政編 第9話 裏ギルド
「よう、元気にしてたか、モルト」
「ウーゾ、久しぶりっす」
バドに代わって、奥からやって来た大柄の犬人がこの店のマスターのウーゾ。人懐っこそうな笑みを浮かべながら分厚い右手を出してきた。
「まさか、王都きっての凄腕執事様が、直接来てくれるとはな」
「今となっては、元っすよ」
亜人たちの後ろ盾だったクラーチ家で執事を務めるモルトは、こう見えて王都の亜人社会ではちょっとした“顔”なのである。
ウーゾによいしょされたモルトは、照れながらも両手でウーゾのぷにぷにした肉球の感触を楽しんでいた。
……。
「お、おい、モルト。そろそろいいか……」
「あっ、ついうっかり……。申し訳ないっす!」
モルトは恥ずかしそうにもふもふ尻尾を垂らしながら、ようやくウーゾの肉球から手を放したのだった。
◆
慢性的な人手不足に悩む王都には、仕事を求めて大陸中から多くの人が集まっている。もちろん人族だけでなく、亜人も多い。
そして、この店の裏の顔は、亜人たちの職業案内所兼よろず相談所。通称、裏ギルドといわれている。
王都には、“表”のギルドには出せないような仕事もあるのだ。ここは、そんな非合法に近い仕事を、依頼したり斡旋したりする場所でもある。
当然、そんな仕事ほど、危険な上に命の保証もないのだが、あえてそんな仕事を求める者もいる。人族以上に、獣人をはじめとする亜人たちは、切羽詰まった者が多いのだ。
いかに、王国が各種族の平等を唱えたからといって、獣人やエルフといった亜人たちに対する差別感情は根強い。彼らは不当な扱いをされることもしばしばある。
この店には、王国やギルドに訴え出ても取り合ってもらえないような問題も、持ち込まれているらしい。
特に、王都における亜人たちの盟主ともいわれるクラーチ家“追放”後は、この裏ギルドこそ、亜人たちが頼るべき最後の砦なのだ。
「コロシアムの動員では、世話になったっす」
「なに、大したこっちゃねえよ。ちょっと声をかけたら、すぐに集まってくれたさ。特に若い姉ちゃんたちは凄い勢いで申し込んできたな。あの応援用の衣装なんて、あの子たちが勝手に用意したんだぜ」
「そうだったんすか。てっきりウーゾが用意してくれたとばかり思ってたっす」
「辺境伯様の人気は本物だぜ。特に、クラーチ家の出入り業者や人族以外の若い女の子の間じゃな」
「そのクラーチ家の使用人のことで、今日は相談があるんすよ」
クラーチ家で働いていた者の内、当面は衣食住の保証のみの条件で、来てくれると言ってくれた者は、半数以上もいた。当面は問題ないだろうが、長い目で見るともう少し人手が欲しい。モルトの言葉にうなづくウーゾ。
「成る程な。で、報酬は?」
「無いっす」
「何?」
「衣食住は、クラーチ家が保障するっす。でも今は、余分に給料を払う余裕までは無いっす」
「……それで、どんな奴が欲しいんだ」
「そりゃ、使用人とはいえ辺境の地っすからね。筋骨たくましい若い男の獣人なんてぴったりっすね」
明らかに渋い顔をするウーゾをみて、慌てるモルト。
「特典も付けるっす! クラーチ家の使用人は、将来個室を確約するっす。どうしてもという人には、屋敷近くの一戸建てからの通いも認めるっす」
「……そりゃあ、悪いがちょいとばかり難しいな」
モルトが求める人材なら、王都でも十分稼いでいける。わざわざ、無報酬で辺境まで来るようなもの好きはいないと言う。
「まあ、そんなところだな。……誰でもいいなら少しは心当たりはあるんだが……」
「本当っすか、お願いするっす!」
「あんまり当てにするなよ」
そういって、ウーゾはモルトのグラスに、申し訳なさそうに酒を注ぐのだった。
「そうそう、さっき仕事を首になったとかいう、変な奴がいたっすよ」
「ああ、あいつか。迷惑かけたな。実はな……」
何でも公爵家の一人娘が、近いうちに婚約するかもしれないという事で、使用人を新規に大量募集したのだとか。あの男も公爵家の待遇に惹かれ、それまで勤めていた仕事先をやめて応募したらしい。
「ところが、この婚約は何でも延期になったそうだ。詳しい話は知らんがな。新たに雇われた者の内、亜人だけが首にされた。全く、人族の貴族ってやつはどこまでも俺たちのことを見下していやがる!」
あの男は、身重の奥さんと幼い子を抱え、途方に暮れていたのだとか。
「ウチも仕事を紹介してやりたいんだが、なかなか条件に合うものが無くてな」
「な、何だか、悪いことをしたっす」
……。
モルトから事情を聞いたウーゾは、腕組みをしながら、あごに手をやる。
「そんなことだったのか。クラーチ家の追放にも関係がありそうだな」
「面目ないっす」
「で、入植者の待遇はどうなんだ」
「早い者勝ちで、家と農地を与えるっす。しかも、収穫までは生活費をクラーチ家が面倒みる気っす」
「ほう。そっちの条件はまずまずだな」
……。
「希望者は、一週間後ここに集合ってことでいいっすか。身一つで来てくれればいいっすよ」
「あんまり期待はするなよ」
「いいっすよ。無理は承知っすから」
「それじゃウーゾ。そろそろ行くっす」
「最近、何かと物騒だから、気を付けろよ」
「大丈夫っすよ。バドにもよろしくっす」
そう言って、軽い足取りで店を出るモルト。
その後を、いくつかの影が、静かに追いかけていったのだった……。




