第3章 内政編 第6話 領地生活
「お食事の用意が出来ましたの~」
嬉しそうに微笑む二―ナ。俺の腕を取り、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。
むっとするセリスを気にかけつつ、俺はニーナに急かされて食堂に行ったのだが、そこに用意されていたものは、あまりにも俺にとっての『ディナー』の概念から外れた物だった。
え? うそ! これは何かの冗談だろ?
「……な、な、な……」
「お、お兄様……」
「ほう……。これは、これは……壮観ですな~!」
食堂には銀の大皿が所狭しと並べられ、そこに鎮座するのは、俺のトラウマにもなった例のモノが積み上げられたピラミッド。
泥団子もといマメ粉ケーキが全ての皿にうず高く盛られている。
いや、ドランブイ。感心している場合じゃないだろ!
「レオン様の大好物をご用意いたしましたの。たっぷりありますので、みなさん、どんどん召し上がってくださいまし!」
得意げに尻尾をぶんぶん振るニーナ。
「あ、ありがとうニーナ……。と、ところで、これはデザートだと思うのだが、料理はどこだ?」
「何を仰いますの? 今日のディナーは、スイーツの食べ放題ですの! ニーナは、レオン様がお好きなお料理をいっぱい作りましたの!」
俺は一瞬、ニーナが何を言っているのか分からなかった。
「あ、あの、ニーナ……」
あまりにも、常識外れなディーナーを目にして固まる俺。
「に、ニーナは……普通の料理は作れますか?」
「もう、レオン様ったら! 何を仰いますの。ニーナは昔からスイーツだけですの♡」
「お付きのメイドさんたちは?」
「お城で、お菓子作りが大好きな子たちを全員連れてきましたの。スイーツなら任せて欲しいですの」
……ん?
「レオン様、どうかされましたか?」
どうやら、普通の料理は専門外らしい。というか作る気もなさそうだ。
ちなみにニーナは、俺が甘いものが苦手なことを知らないらしい。確かに今まで公にしてこなかったから仕方ないか……。
げんなりしている俺を尻目にセリスは、早速団子ケーキをパクついている。
「お兄様、どうかされましたか?」
どうかしているのはお前の方だと思うぞ!
翌日、俺はニーナに内緒で山エルフの船員たちを呼び寄せ、そっとキールの元へSOSを送ったのだった。
◆
領主館には、俺とセリス、ドランブイの三人と、ニーナたちメイド、職人、それに加えて、船員たちも寝泊まりすることとなった。しばらくの間は。三十人近い共同生活となる。
何か、祖父の書斎に在った書物で、読んだような記憶があるぞ。異世界における“ガッシュク”とか“リョウ”での生活に似てるのかも。
これから、何か素敵なことが起こるのかも知れない。
ど、どうしよう。う、うれし恥ずかし、は、ハプニングとか、ほ、本当に俺にも起こるのかな。俺はひとりそんなことを思い描いて、わくわくしていたのだが……。
「それでは、部屋割りを発表します」
食後、俺たちは館の大広間に集合。ドランブイから、皆に部屋の割り振りを発表してもらった。一応、俺の所にも相談はあったんだけど、ほぼドランブイの独断です。
「まず、ご領主の寝室には、レオン様」
さすがにこれは順当だろう。何しろ俺が希望したことだしな。全員当然のような顔をして頷いている。
「次に、お妃さまのお部屋には、セリス様」
「ちょっと待ってください!」
セリスは、立ち上がるなりドランブイに詰め寄っていった。
「ただでさえ、お兄様と多くの若い女性がひとつ屋根の下で生活するのです。これでは、お兄様の寝室と私との距離が離れすぎていて、お守りすることもかないません」
せ、セリス! お前は一体、何を言ってるんだ!
皆、身内みたいなものなのだから、危ないことや変なことなんてする子なんていないだろ! ま、まあ多少のハプニングは期待してますが……。
セリスがそんなだから、俺には女友達ができないんじゃないか。もっとも、男友達もいないけど。……自分で言ってて、泣きたくなってきた!
さすがに、このまま、セリスの暴走をそのままにしておくのは良くないと思う。俺はセリスをいさめようと、口を開きかけたのだが……。あれ?
「それは、大丈夫ですの」
ニーナはそう言うなり、静かに俺の前まで進み出て俺の手を優しく両手で包み込む。
「ニーナが、毎晩レオン様に添い寝して守って差し上げますの」
綺麗なブルーの瞳をうるうるさせるニーナ。そんな目で見つめないで~!
「そ、そ、添い寝……!」
怒りで、わなわなと体を震わせるセリス。
この後の展開を予想して、引きつる俺。
「お兄様!」
「レオン様!」
…………。
結局、俺は、一番広くて豪華な領主の寝室を使うことになったのだが、その両脇の部屋は、セリスとニーナが使う。どちらも執事やメイドが使っていた部屋らしく、手狭ではあるが、二人とも平気らしい。
そして、俺の部屋への夜間の立ち入りや、部屋で俺と二人になることなどを禁止する決まりが、二人によって次々と作られていったのだった……。
「こうするしかないですね」
「仕方ないですの」
何だか、俺よりこの二人の方が権力を持っているような気がするのは、気のせいだろうか……。
おーい、もしもーし。アウル領の辺境伯は、俺ですよ~。
うう……。一つ家の下で、女の子と暮らすことになった主人公の男の子が、ヒロインちゃんやその他の女の子と羨ましいような出来事が次々と……。
なんて、異世界の書物に記されてあったような、うれし恥ずかしハプニングは、俺にはとても訪れそうにもない雰囲気なのであった。




