第3章 内政編 第5話 領主館
今回、例のドラゴンを生きたままキールの元に届けるため、運搬用に大きな檻を用意してもらった。そして俺たちは、色々試行錯誤しつつ、何とかエサで釣って、ラプトルを捕獲することが出来たのだった。
「……ただなあ……」
俺は、頑丈な檻の前で腕組みをする。問題はこの太くて頑丈そうな鎖。いっそのこと、山エルフの鍛冶職人にでも任せようか。そんなことを考えている俺に、ドランブイが口を開いた。
「レオン様なら問題ないでしょう」
「え? 本当か?」
意外なことを言われて俺はびっくりしたのだが、そんな俺を見て、何故か不思議そうな顔をするドランブイ。
「これはご冗談を……。レオン様ほどの魔力量の持ち主は、見たことがありませんぞ」
「魔法なんて、使えないんだが」
「何を仰います」
ドランブイは、俺が甲板で暇つぶしに素振りをする姿を見て、驚嘆したという。
「刀身から、魔力がほとばしっておりましたぞ。そのまま刀を振り下ろせば、あの程度の鎖など一刀両断でしょう」
「お兄様、ここは私が……」
手柄を立てて、褒めてもらう気満々のセリス。いくらセリスの怪力でも、屋敷の玄関にあったもの以上に頑丈そうな鎖なのだ。妹の気持ちは嬉しいのだが、ドランブイがここまで言ってくれているのだから、試してみることにした。
「セリス、ごめんな。ここはちょっと俺に任せてくれないか」
レイピアを抜き放ち、すでに正眼に構えているセリスには悪いが、さすがにレイピアでは刃こぼれしそうだ。ドランブイによると、俺の刀なら刃こぼれの心配もないらしい。
……試してみるか。
祖父から受け継いだ刀を抜き放つ。鈍い光を放つ刃は、思わず魅入られそうな美しさだ。
俺は、刀をいつも身に付けてはいるものの、これで何かを斬るのは初めて。ドランブイが見たというのも、あくまで甲板の上での素振りである。この刀で初めて斬るものが、よりによってこんな頑丈そうな鎖とはな。
呼吸を整えた俺は、すっかり大人しくなったラプトルに近づく。
「では……いくぞ」
俺は、刀を大きく振りかぶり、鎖めがけて一気に振り下ろした……。
“……ザクッ!”
鎖はほとんど手ごたえもなく断ち切られ、勢い余った刀の切っ先が床にまで突き刺さった。太い鎖は、ちょうど野菜でも切るかのような手ごたえしかしなかった。
「すごいです、お兄様!」
「やはり……。さすがはレオン様」
ドランブイが言っていた通りの切れ味。二人は褒めてくれたものの、俺は、そのあまりの凄まじさに慄然し、言葉を失うばかりだった。
◆
「レオン様なら、良い師匠について訓練なさると魔導士にでも成れそうですな」
ドラゴンの積み込みを終えて一息ついた所で、ドランブイが話しかけてきた。
魔導士とは、手練れの魔法使いのこと。上級と呼ばれる魔法を使いこなせる者に対する通称らしい。俺は、たまたま魔力量が多いとされる、黒目黒髪に生まれたものの、剣術ばかりしてきたのである。当然、魔法なんて学んだことがない。
せっかく、ドランブイが褒めてくれたのだが、教えを請える魔法使いがいない以上、どうしようもないだろう。この大陸で、かつて盛んに使われていた魔法が衰退した理由は、魔力を持った者が年々減少していったからなのだ。
「その刀を拝見しても、よろしいでしょうか?」
ドランブイは俺の刀を、恭しく両手で受け取ると、一言。
「間違いございませんな」
「ん?」
「この刀、間違いなく魔道具ですぞ」
魔道具の存在は俺も知っている。魔力さえあれば、用途に合わせて魔法を発動できる道具の総称。今は、魔力を持つ物自体が稀なため、無用の長物としてほとんど生産されていないというのだが……。
まさかウチの家宝が魔道具だったなんて。そういえば、祖父も黒目黒髪だったな。
「これは、かなりの業物ですな」
鞘からすらりと刀を抜き、ほれぼれするような表情を浮かべるドランブイ。俺も祖父から受け継いだだけで、この刀について、詳しいことは何も知らされていなかった。
どうやら、もう一本の短い刀、祖父が「ワキザシ」と呼んでいた方の刀も同じく魔道具とのことである。魔力が無い者が握れば単なる刃物なのだが、魔力を持つ者が握ったときの威力は、御覧の通り。
ドラゴンを、檻ごとガレオン船に載せた俺たちは、そのまま、船を見送った。そして、ブラックベリーへ戻る道すがら、ドランブイは、周りに俺たちしかいないことを確認して、声を潜めてこう言うのだった。
「レオン様、ご存じでしょうか。アウル領には、このような言い伝えがあることを……」
「……」
「この地は、地下に宝が埋まっているとの言い伝えがあるのですが……」
「お兄様! すごいです」
「うん……」
お宝と聞いて、嬉しそうに目を輝かせているセリスには悪いのだが……。
実は、俺は、祖父の残した文献から、そのような話があることは知っていた。ところが、どこをどう探しても具体的な記述は無い。まあ、具体的な記述があるならとっくに発見されているだろうが……。
「ドランブイは、その宝について何か知っているのか?」
「いや、それが……具体的なことは分からないのですが、その宝は、カルア海周辺に幅広く埋まっていると聞いたことがあります」
「そうか……」
俺が、文献だけしか知らないことを伝えると、ドランブイは小さく頷いた。
「あくまで、宝は見つかれば儲けものものくらいの気持ちでいた方が良いのでしょう。まずは資金作りです。領主館にある物の内、現金に替えられそうなものを調べましょう」
「頼んだぞドランブイ。夢みたいなお宝の話より地道に出来ることからしていこう。それより今日の夕飯が楽しみだ」
ニーナたちがやたら張り切っていたので、ここでの食事は期待できそうである。お腹を空かせた俺たちは、足早に領主館まで戻ったのだった。




