第3章 開拓編 第4話 出発
今回の荷物は、資材に食料などなど、キールにたくさんお願いしたせいで、膨大な量になってしまった。もちろんお代は、ドランブイを通して立て替えてもらっている。
結局、この前寄贈してもらったカラベル船だけではとても足りないので、大型のガレオン船も一隻付けてもらった。帰りにはお土産のラプトルを積んで帰る予定だから、大きい方がいいだろう。
そして、俺はブラックベリーへ出発する前に、唯一の家臣を呼び寄せたのだった。
「モルト。頼んだぞ」
「はいっ。任せて欲しいっす!」
「ほ、本当に大丈夫か?」
「何言ってんすか、余裕っすよ~♪」
余裕の表情を浮かべるモルトはいささか気になるが、これでもクラーチ家の筆頭執事。ここは、モルトに全幅の信頼を置こう。いや、置きたいものです。
モルトには、クラーチ家で働いていた者全員に、俺たちの現状を伝えること。そして、当分の間給料が出なくてもウチに来てくれる者や、ブラックベリーへの入植者を探して欲しいということを頼んでいる。
何とも虫のいい話だが、決して無理にすすめないよう念を押した。ちなみに入植者に関してだけは、自分でもかなりいい条件にしたつもりである。
「そうそう、最後に、あの件のことだが……」
◆
「では、行って来るっす!」
装備を整えて得意げに胸を張るモルト。重要任務を任せているだけに、モルトなりに期するものがあるのだろう。
「くれぐれも無理するんじゃないぞ」
「危ないときは一目散に逃げてね」
「財布は持ったか?」
「水筒は大丈夫?」
「迷子になるなよ」
「……励ましてもらうのはうれしいんすが……何だかダメな子が心配されているみたいで複雑な気分っす」
「お待たせしました~♪」
そうこうするうちに、護衛としてモルトに同行してくれる二人の山エルフたちもやってきた。
わあ~可愛い女の子たちだあ。何気にモルトよ、少し羨ましいぞ。
よく見ると何だか見覚えがある。こ、この二人は、浴場で俺たちをもてなしてくれた女の子たちの中にいたんじゃないか?
「きゃーん、レオン様♡」
「ご無沙汰していました~♡」
「お兄様!」
……って、痛っ! 何で俺がつねられてるんだ!
「レオン様、自業自得っす」
「何だと!」
「だから言ってんじゃないっすか。男のチラ見は女のガン見っす!」
「……」
「ピニャです」
「コラーダです」
二人とも館の美少女メイドさんなのだが、今は旅装を整え、腰には半月状のシミターを付けている。ミニスカートのメイド姿もいいが、こんなフード付きマントを身に付けた山エルフたちも凛々しくて新鮮である。あ、すいません。何でも無いです。
「それでは、参りましょう。え~っと……」
「……狐様?」
「モルトっす! 自分の名前、覚える気、無いんすね!」
モルトは、怒って尻尾を立てながらも、美少女山エルフたちに連れられ、それなりに元気に出発していった。
…………。
「いよいよですな。レオン様」
「うん」
「お兄様は、私がお守りします!」
「うん?」
俺たちは、モルトを見送ると、ブラックベリー目指して再び出航した。いよいよ領内開発が始まる予定である。
◆
一方、王都ではイザベルが、相変わらず悶々とした日々を過ごしていた。
この日もベッドの上で転がりながら、クマの『レオン』を抱きしめて、ひとしきり妄想に耽っている。
これはこれで、イザベルにとって至福のひとときなのだが、ふと我に返ることがある。
こんなときに、いつも決まって押し寄せて来るのは、本物のレオンといつまでたっても結ばれないどころか、会うことさえできない寂しさ。
レオン様……。
一度、抱きしめられたことがあるだけに、余計につらいですわ。こんなことならいっそ、最初からお会いしなければよかった。そうすれば、私の胸がこんなに苦しくなることもないでしょうに……。
……嫌、やっぱり駄目! レオン様を知らずに生きていくなんて、考えられない~っ!
イザベルは、頭の中でいつものように堂々巡りを繰り返すのだった。
◆
「マリー、レオン様は一体どこに行ってしまわれたのです。」
「そ、それが……」
「山エルフの女王とやらには、ちゃんと伝えたのでしょうね」
「はい。あれから、かの地では検問を強化し、王都から来る者は一人ひとり調べているらしいのですが……」
「じゃあ、レオン様はどこに行ってしまわれたの。まさか、アウル砂漠で……」
「い、いえ、実は……」
マリーの報告によると、どうやらレオン様はアウル領に居られるらしいのだとか。領都ブラックベリーで領内経営に着手されているそうだ。レオン様は、山エルフの領地から船で領都ブラックベリーに着いたという。
「山エルフたちは裏切ったのね」
「いえ、それは……。私がキール様に謁見した際、キール様はその場で関所開設の指示を出されました。私が帰国する際には、既に国境は固められていましたので間違いありません。我々の手の者も残してきましたが、レオン様らしき者が通行した形跡はなかったようです」
「では、なぜ……」
「恐らく、私が行ったときには、既に国境を抜けた後だったと思われます。ただ……」
「ただ?」
「レオン様の従者らしき者が、アウル領から国境を抜けて、王都方面に向かったとの報告がありました」
「そ、それは本当ですの?」
「はい。間違いございません」
「わかりました。マリー。すぐに調べて報告なさい」
「はっ」
「な、何しているのです。す、すぐに、出発しなさい!」
イザベルは、マリーを追い立てるような勢いで部屋から出すと、急いで出ていくマリーの後姿を見送った。そして、室内及び廊下に誰の姿もないことを念入りに確認。
胸に手を当て、一旦自分の気持ちを落ち着ける。
さっきまで、あんなに寂しくていらいらしていたのに、マリーの口からレオンのことを聞くや否や、イザベルの脳内は、再びレオンのことであふれ返ってしまった。
……落ち着くのです。
どうやら、今まで、自分が恥ずかしい妄想しながら悶えている様子を、マリーをはじめ多くのメイドたちに、けっこう見られていたようなのだ。何となくだけどそんな気がする。
は、恥ずかしい~。一生の不覚。これからは、毎回気を付けますわ。
……よ、よし、大丈夫! 今ならいけそうですわね。
室内と廊下に人影が無いのを確認し、目を輝かせるイザベル。
キラ~ン!
「レオン様~!」
安全を確認したイザベルは、クマのぬいぐるみ『レオン』を抱きしめながら、またもやベッドに倒れ込むのだった。
◆
無事ブラックベリーに到着した俺たちは、大量の資材や食糧の運び込みを終え、各自寛いでいたのだか……。
“ぶるっ!”何だか寒気がする。気のせいか。いくら日中は暑いとはいえ、朝方は冷えるからなのだろう。何しろ、砂漠は寒暖差が大きいからな。俺の腕に鳥肌が立つのも、仕方のないことだろう。
でも今は昼だよな……。
火照った体に流れる汗を拭きながら、ひとり首をひねるレオンなのであった。




