第3章 内政編 第3話 準備
ブラックベリーの街は無人になってから、流行り病の噂のおかげで、ずっと人を寄せ付けずにいたようだ。中にいたのは小型の野生動物くらい。この砂漠に生息すると言われる、大型のサソリは見かけなかったが、用心のため街の入り口にある城門を固く閉じておいた。
井戸もまだ生きており、街の外れには農地の跡もあった。結構な広さである。かつては千人分の食料の大半を賄っていただけはある。
視察から戻った俺たちは、キールの館に戻る船内で、街の復興について今後の方針を話し合っていた。といっても、主にドランブイの意見を聞く形なのだが。
「レオン様、いいでしょうか」
冷たい水を一息に飲み干して、ドランブイが口を開く。
「資金や資材そして職人は、キール様を頼ればよろしいでしょう。まずは、内装に長けた山エルフの職人たちを十人。屋敷で働く者が我々のほかに十人。あとは農地を耕す者。ですが……」
「ん? 何だ?」
「短期の労働者ならいざ知らず、実際にこの街の住人になってくれる者がいるかどうか……」
「将来的には、大丈夫だと思う」
「……」
自信ありげな俺に、不思議そうに顔を向けるドランブイ。何やら俺の真意を測りかねているようだ。
俺たちが、キールの館で出されたあの料理。かつて祖父が、山エルフを救って感謝されたというのは、おそらくは……。
この地を襲った病さえ抑えることが出来れば、ブラックベリーも元の賑わいを取り戻せるかもしれない。
◆
「おお、レオン殿、よく戻られたの」
「おかえりなさいまし」
キールの館に着いた俺たちは、ブラックベリーの現状を伝え、今後の方針について相談を持ち掛けていたのだが……。
資金や資材の援助には快諾してくれたものの、山エルフの職人を十人程貸して欲しいという俺の頼みには、渋い顔をするキール。
「お母様!」
「いや……かの地では、風土病がの……」
キールはそう言うと、申し訳なさそうに小さくため息をついた。
悪質な病が持ち込まれれば、この領地が危ない。女王として、安易に民を危険にさらすわけにはいけないのだろう。キールの立場からすると、もっともである。
「実はの。ブラックベリーに行ったレオン殿が、あの街のことをあきらめてくれたら……。なんて、密かに思っていたくらいなのじゃ」
「……」
「アウル領は広い。いっそのこと、別の地に一から街を造られてもいいかと思うがの……」
「そのことなのですが……。かつて祖父がこの地でしたことを、詳しく教えてもらえませんか」
「なんじゃ、急に」
「自分の考えが合っていれば、ブラックベリーは復興するかもしれません」
「うむ……」
キールは、唐突に思える俺の問いかけに戸惑いつつも、口を開いてくれたのだった。
◆
今から二十年程前……。
当時、山エルフの領内では、手足のしびれや足のむくみを訴える者が多くいたという。やがて、足元がおぼつかなくなったり、寝込んでしまったりと、体調を悪くする者が多発していた。中には死者まで出たそうだ。
そんなとき、この地に偶然立ち寄った祖父は、この病に苦しむ患者たちに奇妙なことをしたという。
「それがの。病人を椅子に座らせて、膝の下を小さな木槌でコンと叩くのじゃ」
「健康な者は、例外なく脚が上がるのじゃが、不思議とこの病に侵された者は脚が動かんかったの」
「で、では、クラーチ様は、一体どんな治療をされたのでしょう?」
いつの間にか、前のめりになっているドランブイ。
「それがこの前、レオン殿たちに振る舞った異世界料理なのじゃ」
それまでは、マメは家畜の餌にするのが当たり前であり、山エルフたちは口にすることが無かった。肉についても食用のための畜産は行われておらず、基本的に狩りで得るものとされていたそうだ。動物の内臓も、全て肥料にしていたらしい。しかし、不思議なことに、祖父の教えた食材を何日か食べると、病はすぐに治ったという。
「最初は、食べる習慣のないものばかりじゃったからの。皆、嫌々じゃった」
「そんな我らを見かねてクラーチ殿は、様々な料理を教えてくれての」
山エルフたちは、病気が治る上に味もいいということで、祖父の教えた料理を生活の中に取り入れ、習慣的に食べるようになったという。
今では大切な客人をもてなす際、必ずこの異世界料理を何品か入れるまでに、彼女たちの生活に根付いたものになっている。
「ニーナのケーキにも、マメの粉が入ってましたの」
何でも、マメは茹でたものより乾燥したものを粉にした方がいいらしい。ニーナのケーキは、マメの粉を練り込んだ生地の上に、更にマメの粉をふりかけたものだったそうだ。
「ドランブイ。ブラックベリーで流行ったとかいう病はどんなものだったか、皆に教えてくれないか」
「はい、それが……今しがたキール様がおっしゃられたものと、同じでございます」
「な、何じゃと! 本当か」
「間違いございません」
「誰ぞ、おらぬか!」
キールは、勢いよく立ち上がるや、すぐに指示を飛ばしたのだった。
◆
一週間後、俺たちは、十名の山エルフの職人に建築資材、そしてなぜか、ニーナ率いる五人のメイドたちと共に、再びブラックベリーに向かうことになった。
「レオン様のお食事が心配なのです。それに、ニーナはレオン様のお側に居ないと何だか不安ですの」
恥ずかしそうに尻尾を揺らすニーナ。そこに、すかさずセリスがやって来た。
「大丈夫です。お兄様は今まで私がひとりでお守りしてきました」
「でも、でも、ニーナは……レオン様に、お食事をしっかりと摂っていただきたいんですの」
向き合う二人。互いに無言だが、視線は外さずにらみ合ったまま……。
あ、あかん。この二人、絶対に引く気なんてさらさら無いようだ。
「お兄様、どうなさるおつもりです」
「レオン様には、ニーナは必要ないのでしょうか……」
「お兄様!」
「レオン様……」
やっぱり、俺の所に矛先が向いた。
「モルトぉ~」
「モルトじゃなく、お兄様のご意見をお聞きしたいのです」
「そうですの」
「そうっすよ。レオン様」
「……」
結局、ニーナの同行は認めることになった。大体、お世話になっている王姫の好意なんて断れるはずがない。二―ナたちには、全員の食事を含めた家事全般を担当してもらうことになったのだった。
「いいのう。ニーナだけ……」
出航準備で慌ただしい港にて、物陰からそっとこちらを覗いているキールなのであった。




