第2章 山エルフ編 第18話 プレゼント
「……という訳なのです」
「うむ……」
俺たちの話を聞いたキールは鷹揚に頷いた。この貫禄。さすがは山エルフの女王。
「成る程の……。ならば、一日でも早くブラックベリーに向かわれるのが良いかも知れぬの」
「ところで相談なのですが……」
「何じゃ」
「俺たちを、ブラックベリーまで運んでいただけませんでしょうか」
「何を今更、他人行儀な。お安い御用じゃ。じゃが、あそこはの……」
ガチャッ
何か言いたげなキールだったが、不意にニーナが入って来たので、その後の言葉は聞けなかった。今日のニーナは、彼女の瞳と同じ光沢を放つマリンブルーのドレスを着ているので、給仕という訳ではないらしい。
「お母様、もうあのお話はされましたか?」
「おお、そうじゃった。実は、レオン殿にプレゼントがあるのじゃ」
要領を得ない俺たち四人は、キールとニーナに促されて城館の外へ。
「ち、ちょっと、どこまで行くんですか」
「ちょっと、そこまでじゃ」
「そうですの」
えっ……。一体どこまでなんだ。
二人の返答は要領を得ない。どうやら、俺たちをびっくりさせたいようだ。
俺たちは、二人に急かされて、とうとう船着き場まで……。
「こ、これは、すごいっす」
「お兄様」
「さすがはキール様。肝がお太い」
「ほ、本当にいいのですか。こ、こんな……」
「そうじゃ。何も遠慮することはないぞ」
「そうですよ、レオン様。私たちの間で、遠慮なんてしないでくださいまし」
キールたちからのプレゼントは、一隻のカラベル船だったのだ。
「これがあれば、レオン殿の方からも、わらわたちの所に来やすくなるじゃろう」
「こんなにしてもらっては、逆に悪いです」
「遠慮は無用じゃ」
そう言って、右腕を組んでくるキール。
「そうですわ、レオン様。私たちの間で、遠慮なんていりませんの」
そう言って、左腕を組んでくるニーナ。
「お兄様!」
そして、正面から殺気を放つセリス。俺は何も悪くないと思うぞ!
「モルト、何とかしてくれ!」
「無理っす」
「も、モルトぉ~」
「どうせ自分は、モテないっすから」
そう言ってそっぽを向く執事。そんな、ツーンとすることないだろ。いくら自由な家風のクラーチ家とはいえ、その態度は無いぞ。
……どうやら、まだ猫耳美少女の一件を根に持っているらしい。お前、そこまであの子のことが好きだったんだな。
◆
翌日、俺たちは、キールからもらったカラベル船に乗り、アラル海へ出航した。
船までプレゼントされるなんて、申し訳なく思ったのだが、山エルフとクラーチ家との間の親密さの証として、有り難く受け取ることにした。
「視察が終わり次第、すぐに帰って来られるがよいぞ。いつでも歓迎するでの」
「レオン様、お気を付けていってらっしゃいまし」
「ありがとう! キール! ニーナ!」
俺は桟橋まで見送りに来てくれたキールと二―ナに大きく手を振った。
◆
「お兄様……何、お気を許されているのです。もっと警戒していただかないと困ります!」
船が桟橋から遠ざかり、キールとニーナの姿が小さくなった途端、名残惜しそうに手を振り続けている俺を睨むセリス。
いや、ここは、感謝するところだからね!
「だけど、俺たちは、ここに来てから、世話になりっぱなしだぞ」
「それとこれとは違います! お兄様は、危なかったのですよ!」
「え?」
「もう、知りません!」
何の事やら分からないが、ここのところ、ずっとセリスの機嫌が悪い。これは、異世界でいう所の反抗期というものなのだろうか。
俺は、むくれているセリスはさておき、ドランブイからブラックベリーの話を聞くことにした。事前に調べられるだけ調べたつもりだが、少しでも生の情報が欲しい。
「あの地は、穀物の生産には。あまり向いておりませんでしたが、それでも、多少は作られておりました。それが、ここ最近は、凶作続きでして……」
「野菜や果物の生産はどうだったのだ」
「それが、街の名前にもなっているベリー類は豊富に取れたのですが、穀物や保存食と引き換えに、すべて出荷されておりました」
ちなみに、野菜は最初から栽培量が少なかったらしい。なるほどな……。俺の中ではこの街を襲った病の原因は掴めた。これでほぼ、間違いはないだろう。
ドランブイの店は、多くの品を扱っているらしいが、一番の得意分野は香辛料や塩、砂糖なのだとか。
「必要なものは、できるだけ、ドランブイの店で購入したいのだが」
「ありがとうございます」
「レオン様、ウチの財政のことご存じっすか。やばいっすよ」
そう、何をするにも、まずは資金。王都の屋敷を処分して幾ばくかの金はあるが、今後のことを考えると、心もとない限りだ。
「何も大切な金貨を使うまでもありますまい。見本品や、売り物に適さないものが、商会の倉庫にありますので、無料でお分けできる物もあるかと思います」
「済まないな。恩に着る。ところで商会の方は、ドランブイが抜けても本当に大丈夫なのか」
「今は息子たちに任せています。いつまでも、年配の者が現場に居座れば、彼らもやり難いでしょう。育つ者も育ちませんから」
このドランブイ。なかなかいい父であり、商人でもあるようだ。
「ブラックベリーの街が心配ですな」
「ああ。ドランブイ、色々と頼む」
俺は、ドランブイと握手した手に、力を込めたのだった。




