第2章 山エルフ編 第15話 妄想
「こういう言い方は、失礼なのじゃが……。す、すまんの……」
キールによれば、いくら何でも王国が、俺のような小さな辺境伯の振る舞いに一々目くじらを立てることなんてないだろう。ましてや、こんなつまらない嫌がらせなんて、考えられないということだった。
「おそらく、レオン殿を恨む貴族たちは、辺境伯としてアウル領に追いやるだけで満足しておることじゃろう。それに、王国は、アウル領の現状すら、分かってはおらぬはずじゃ。前の辺境伯殿も、遣わしていた家臣を引き揚げて久しいしの」
「じゃあ、一体誰が、何のために……」
「そこなのじゃ。じ、実はの……」
そう言って、改めて首をひねるキール。
「王国から来たなどとは、申しておったが、あの使者は公爵家の者じゃったぞ」
「え……」
「公爵殿は、プライドこそ高いが、こんな嫌がらせをするような者とも思えんしの……」
「と、言うと、誰かが公爵家の力を使って、嫌がらせをしてきたのでしょうか」
「……ふむ。そういうことになるかの。もちろん、書簡は王家の印が入っておった。紛うことなき本物だの……」
そこで、言葉を区切って、キールはもう一度俺を見据えてこう言った。
「ひょっとして、レオン殿を困らせることで、何か得をする者の仕業かも知れぬの」
「…………」
「も、もし、そんな人がいるなら、ニーナは許せませんの!」
「ふむ……確か公爵家には、嫁入り前の一人娘がおったはずじゃな。……ふ~ん、これは、もしや……」
お願いだから、余計なこと言わないでくれ~。イザベルのことは、セリスには話してないんだよ~。
俺の縋るような視線と、意味ありげな目くばせに気付いたキールは、そっと口を閉じてくれたのだった。
「まあ、貸しということにしておこうかの」
ほっと胸をなでおろす俺に、約二名の者が、ここぞとばかり声をあげた。
「とにかく、レオン様! 身から出た錆っすね」
「そうです、お兄様! いつもお守りしている私の身にもなってください」
お前たち……機会さえあれば、所かまわず俺を責めるのは、止して欲しいぞ。
「まあ、とにかく、レオン殿、今後も気を付けられよ」
大きく頷く、モルトとセリス。
「そうっす。レオン様、行動には十分に気を付けてください」
「お兄様は、全てにおいて、無防備すぎます。少しは、お守りしている者のことも考えて欲しいものです」
お前ら、そんなに俺に不満があったのか。
◆
王都の一等地。王城にほど近い公爵家の邸宅の一室では、ひとりの女性が、使者の帰りを今か今かと待ちわびていた。言わずと知れた公爵令嬢である。
イザベルは、自室のソファーで、お気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめながら、物思いにふけっている……というより、にまにましながら考え事をしていた。
ちなみに今は、完全プライベートなので、キャミソールと、フリルがいっぱいついた、上下おそろいの下着という、無防備な姿である。
「レオン様……」
「失礼します」
ぬいぐるみを抱きしめて、妄想に耽っているイザベルは、メイドが、午後の紅茶を運んできたことにも、気付いていない。
メイドも、こんなイザベルには慣れた風で、何事もなかったかのように、専用の真っ白なテーブルに、一人用のティーセットを準備した。
「レオン様……」
もちろん、メイドが一礼して出ていったことにも気付かないイザベルなのであった。
……。
そういえば、最近、いつも午後のお茶が冷めていますわね。なぜかしら……。
いつの間にか置かれた午後のティーセット。カップに口をつけ、小さく小首を傾げるイザベルなのであった。
◆
マリーがイザベルに献策し、その後、二人して夢中になって練り上げた作戦の内容は、こうだ。
まず、お父さまやお母さまに相談して、レオン様を辺境のアウル領に送ってもらう。あそこは、誰も行きたがらない土地なんだから、きっとレオン様もお困りになることだろう。
そこで、途方に暮れたレオン様に手を差し伸べるのが私。公爵家の力を借りて、レオン様を助けるの……。
そして、その後、私の優しさに感動し、美しさにもようやくお気づきになられたレオン様。
やがて二人は……。“きやーっ”という筋書き。
ところが、レオン様は、この度のアウル領行きを全く嫌がっていない様子だったという。
そのことを後で伝え聞いて、焦ったイザベルは、レオンを山岳地帯で引き返させるため、父親である公爵におねだりしたのだった。
山岳地帯を通れない以上、アウル領の街までたどり着くのは、大森林を抜けるか、そのまま砂漠を渡るしかない。現実問題、どちらも至難の業だろう。途方に暮れて、王都まで舞い戻って来られるかも知れない。
もし、レオン様が泣き付いてこられたなら、その時は、私が力になってあげてもいいことよ……。
そして、その後は……“きゃーっ”。
「れ、レオン様、いけませんわ。人が見ています」
イザベルは、今、自分が思い切りメイドたち見られていることにも気付がずに、『レオン』と名付けたクマのぬいぐるみを抱きしめながら、妄想にふけっている真っ最中。
「辺境伯婦人かあ~」
二人のメイドが、おかしそうに、目を合わせて微笑んでいることにも気付いていない。
こうして、今日もまた、幸せな未来を想像して、ひとり、もんもんとソファーに倒れ込むイザベルなのであった。




