第2章 山エルフ編 第13話 使者
キールによれば、アウル領の領都、ブラックベリーの街は、無人のゴーストタウンになっているという。
俺が知っている情報では、辺境ながら人口が千人程度ある、城壁に囲まれた街だということだったのだが。
「あの街がそれくらい栄えていたのは、かなり前のことじゃ。大方、我が領の港町ブラックベイの間違いかも知れんの」
呆然とする俺たちを前に、キールは気の毒そうな顔で言葉を続けた。
「アウル辺境伯と聞いて、わらわは名誉職と思っておったのじゃ。これまでがそうじゃったからの。大体、最近あそこには、訪れた者すらほとんどおらんはずじゃ。わらわですら、現状は詳しく分からんの」
あまりにも、唐突な事実を突きつけられ、途方に暮れる俺とセリス。
「そういや最近、ブラックベリーに立ち寄ったとかいう商人がおったの。まだ、領内に居るじゃろうからすぐにでも引き合わせよう。レオン殿らは、それまでゆるりとここで休まれるがよいぞ」
「……あ、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「うむ。ところでじゃ、レオン殿……」
“コンコン”
「失礼します!」
俺たちに、微妙な空気が流れている中、ノックと同時にひとりのエルフが部屋に入ってきた。黒のスーツに身を固めているから、きっと執事なのだろう。
「キール様!」
「何じゃ」
「王国からご使者が参られております」
「何だ。そんなことか。待たせておくがよいぞ」
「い、いや、しかし……」
「空いている貴賓室にでもお通しして、今晩は泊まってもらったらどうじゃ」
「それが……」
何でも、火急の用だという。王国からの緊急事を知らせる使者の来訪だそうだ。これは、さすがのキールも、今すぐ謁見せざるを得ない。
「仕方ない。会おうかの。レオン殿らは、ゆっくりされるがよいぞ。誰か、部屋まで案内してさしあげるように」
そう言って、キールは、重い腰を上げたのだった。
◆
「……ほう……そういうことかの」
ギリリリリ……。
謁見室で平伏する使者を前に、キールは歯を噛みしめていた。使者の書簡は、くしゃくしゃに握り潰されている。
「……その前に、お主、国王からの使者かと思っていたが……公爵家の者かの」
「い、いや、それは……」
「ごまかすでない。いつか王都で、そなたを見たことがあるでな」
ただただ冷や汗をかいて恐縮する使者と、冷たい視線を送るキール。
手元にある書簡には確かに国王の印があるのだが、そこに書かれていた内容には、どう考えても首をひねらざるを得ない。
「我らとしては、王国からの要望ならば受けようかとも思うたがの。一公爵家からのものなら話は別。内容も内容じゃしの」
「……」
書面には、アウル辺境伯が山エルフの領内に来た場合、直ちに追い返すように書かれてあったのだ。
仮にも自国の王の名で、叙任された辺境伯である。便宜を図って欲しいと言うのならともかく、これは、いかにも不自然。こんなことを頼んでくる意図がつかめない。
「これは、公爵家の言葉として受け取ってもいいのじゃな」
「い、いや、そ、それは……」
「……」
じっと使者を見据えるキールの視線にさらされて、縮みこむ使者。射すくめられたかのように、体をこわばらせている。
「く、詳しいことは、知らされてはおりませんもので……」
やっとの思いでそう言うと、頭を下げたまま油汗を流して身動きしない。キールはそんな使者を見て、やれやれといったふうに口を開いた。
「……なるほどの。まあよい。王家の印も入っていることじゃし。隣国からの頼みという事にしておくかの」
「はっ。ありがたきお言葉」
「これより、王国から我が領へ通じる道に、関所を設けよう。そしてもし、レオン辺境伯がやって来たなら、王都へ追い返すことにする。筆を持て」
キールの言葉に、ほっと胸をなでおろすマリー。
「それにしても、公爵家の権勢は大したものよの」
「……」
マリーは、答えられない質問に固まってしまっている。そんな使者を目にして、フッと力を抜くキール。
「まあよい。今宵はゆるりとされよ」
「いえ、女王様の返事を頂き次第、直ちに帰還するよう命じられておりますので」
「ふうん……なら、仕方がないの」
釈然としないキールを残して、マリーは、イザベルの待つ王都へ急ぎ帰っていったのだった。




