第2章 山エルフ編 第12話 アウル領
「れ、レオン様」
涙を拭いた二ーナが嬉しそうに微笑んでくれた。柔らかそうな尻尾が小さく揺れている。
「美味しかったよ。ありがとうニーナ」
「ありがとうございます。おかわりもありますので、好きなだけ召し上がってくださいまし」
真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに応えるニーナ。白狼族特有の垂れた耳が柔らかそう。な、なんか……よく見ると、ニーナって、とっても、何か、か、可愛いような……。
あれ? トラウマが落ちたせいだろうか。今の今まで気づかなかったのだが、とっても家庭的な女の子に見える。ニーナはきっと、将来いいお嫁さんになるのだろう。
「ニーナは、ニーナは、レオン様に美味しく召し上がっていただいて、こんな嬉しいことはありません」
そういって、柔らかそうな尻尾をぱたぱた振るニーナ。
俺としても、こんな美少女に喜んでもらえるのは嬉しい。互いに顔を見合わせて、恥ずかしそうに微笑み合う俺とニーナ。少年の日の思い出は、そっと水に流すことにした。
“ビクッ”
鋭い殺気を受けて我に返ると、セリスがじっとこちらを睨んでいたことに気付く。勘弁を!
◆
食後は、ニーナも交えて四人で和気あいあいと談笑した。こんなことは、よくよく考えてみれば本当に久しぶりだ。十年以上ぶりだろうか。
「ごめんなさい。私、ニーナちゃんのこと、よく覚えていなくて」
「セリスちゃん、そんなこと、気になさらなくてもいいですの」
掌をぶんぶん振って、なぜか少し慌てる様子のニーナ。
「そういや、セリスは、ここに来るといつもメイドたちと遊んでいたな」
「はい。私だけに特別だとか言われて、奥の部屋で洋服をプレゼントしてもらったり、お菓子を頂いたりしていました」
何だと! お前だけいい思いしやがって! うらやまし過ぎるぞ!
「そういえば、お二人ともお年頃じゃの。どなたか決まったお相手でもおられるのかの」
「あ、いや、それは……」
興味津々の様子で、身を乗り出さんばかりの親子の前で、恥ずかしそうに顔を見合わせて小さく首を振る俺とセリス。
「で、では、レオン様はどんな人がお好きですの」
「い、いやど……どんな人かと言われても……」
「ニーナは、レオン様には、お料理の上手な人がいいと思いますの」
「これ、ニーナ。レオン殿が困っておいでじゃろ」
セリスの冷たい視線にさらされて、口ごもる俺に、助け船を出してくれたキールなのだが……。
「ところで、わらわの好みのタイプはの……。まあ王都なぞは、殿方だらけじゃから、すぐにでも見つかるじゃろうが、しいて言えば……」
……そろそろ、キールの誤解を解いておかなくては。
俺はこの度の、アウル地方への辺境伯就任の実情について、キールにきちんと説明することにしたのだった。
…………。
「……という訳で、この度、辺境伯としてこちらに来たのです」
ん? あれ?
ガタガタガタ……。
テーブルが細かく揺れている。グラスが倒れ、テーブルクロスが濡れる。き、キール! ちょっと抑えて!
「そ、そんな仕打ちを……王国の貴族どもめ! 許せぬ!」
歯噛みしながら、体を震わせて怒るキール。俺のために怒ってくれるのは嬉しいのだが、もっと落ち着いて欲しい。
アウル領が王国の最果ての地なんてことは知っているだろう。今更、怒ることじゃないと思う。
第一、俺自身はそんなに嫌がっていないし……。それにしても、ここまで怒ることなのだろうか。
「大丈夫ですって。俺は恨みになんか思っていませんよ」
「しかし、許せぬ」
「いいんですよ。俺は王都の貴族社会が嫌いでしたから」
そう言う俺を、キールはじっと見据え、静かに口を開いた。
「レオン殿は、アウル領が今、どんな風になっておるのか、ご存じかの」
「えっ?」
怪訝な顔で、顔を見合わせる俺とセリス。
「実はの……」
「アウル領は消滅しておるぞ……」
え……。




