第2章 山エルフ編 第11話 デザート ☆
「またまた……お戯れを。私はまだ若輩者です。とても、キール様とは釣り合いませんよ」
「何を言うのじゃ」
こちらも、鷹揚に微笑むキール。セリスが落ち着いたのを確認したメイドたちは、何事もなかったかのような顔で給仕に戻っている。
「わらわと、レオン殿との仲ではないか。遠慮せずともよいぞ。それに様は余計じゃ。キールでよいぞ」
そう言って、小さく身をよじる山エルフの女王。大きく胸元がカットされた大胆なドレスからのぞく、豊満なところが揺れている。目のやり場に困ります。
何だか、さっきからすこぶる居心地が悪い。それは、おそらくセリスの冷たい視線が、さっきから容赦なく浴びせかけられているからだろう。
そんな俺の複雑な気持ちや、何とも困った立場になどお構いなく、キールは言葉を続けるのだった。
「夫に先立たれて、ずいぶん経つでの……」
キールはそう言うと、寂しそうにうつむいた。長いまつげが濡れている。
下着はつけていないのであろうか、胸元の薄い布地にはポッチが浮き出ているし、何よりたわわなものが、今にもこぼれだしそうだ。
「ガシャン!」
いきなり大きな音がした。見ると、厨房から帰ってきたニーナが、銀のお皿を落としている。
「お、お、お母さま!」
尻尾を逆立て、怒りでプルプル体を揺らすニーナ。
「何、誘惑されているのです! 人のものを取らないでくださいまし!」
いきなりのニーナの剣幕に、びっくりした様子のキール。慌てて、両手を振って言い訳めいた言葉を紡いだ。
「わ、分かった、分かった。ほんの冗談じゃ。気にするでないぞ」
人のもの……? それはともかく、陛下は随分前に亡くなられていたのか。知らなかった……。
「お労しい。……ご愁傷さまです。何も知らず、申し訳ありません」
俺の言葉に、静かにうつむいて涙を拭くキール。気の毒なことである。
そんな大変なことを今まで知らず、俺は何だか悪いことをしたような気分になってしまった。さすがのセリスも気の毒そうな顔をしている。
「……ところで、いつお亡くなりになられたのですか」
「それが、五日程前に……。国葬を終えてからもう三日。わらわは寂しゅうてならん」
「どこがずいぶんですか! つい、この間のことでしょう!」
キールは、新しい伴侶を絶賛募集中だという。どうやら、夫に先立たれた悲しみから、すっかり立ち直っているようだ。
陛下は息を引き取る前に、なおも美しさを保っているキールに、自分の死後は、新しい人を見つけて幸せになって欲しいと告げたという。
「キール、幸せになるんじゃぞ」
「陛下、陛下~っ!」
最愛の夫の手を両手で握り、泣き叫ぶキール。何とも美しい夫婦愛である。
◆
「……と、まあ、これが、陛下の最後の言葉だったのじゃ」
仕方がないことだと言わんばかりに、小さく首を振るキール。何でも息を引き取る直前、二人きりになった場での言葉だったらしい。真偽など確かめるすべもない以上、真相はやぶの中だが。
「レオン殿も、辺境伯になられたことじゃ。これで大貴族の仲間入りじゃの。王都でも、さぞやご活躍のことじゃろう」
そう言って、小さく舌なめずりするキール。
「ところで……どこぞに、いい殿方はおられんかの」
「い、いやそれが……」
「お待たせしましたの」
俺が口ごもっているうちに、とうとうニーナの給仕が始まってしまった。
◆
「……レオン様、ど、どうでしょうか?」
俺たちの前には、あの時と同じく、銀の皿に花が散らされ、可愛く盛り付けられたデザートが並べられた。
「どうぞ、お召し上がりくださいまし……」
おずおずと問いかけるニーナを目にして、緊張感を漂わせている俺とは違い、平然とケーキらしきものを口に運ぶキールとセリス。
「うまい! さすがは、わらわの娘じゃ」
「お兄様、なかなかいけますよ」
俺の横で、セリスもおいしそうにケーキをほおばっている。
し、しかし……。目の前にあるこれ。生地に、何かを練り込んで、丸めたものだろうか。
それに、茶色の粉がかけられている形状は、まさしくあの時食べた泥団子。綺麗に飾られた花から、いい香りはするせいか、ケーキ自体のにおいは分からない。何から何まであのときの泥団子と同じだ。
俺は、震える手で、銀のフォークを握り、ゆっくりと口に運ぶ。そう。俺が心配するようなことなんて、今この場では絶対にありえない。よな……。
俺は、一度は口に運びかけたケーキを皿に置くと、大きく深呼吸して、心を鎮めることにした。
「ガシャン!」
ビクッとして目をやると、またもやニーナが、胸に抱えていた銀のお盆を落としていた。
俺が、ケーキを口に運ばずに皿に置いたのを目にしたからだろうか。両目一杯に涙を浮かべて、フルフルと首を振り、小さく震えている。
悲しげに尻尾を垂らし、今にも泣きだしそうなニーナ。俺は一体、どうすりゃいいんだ……。
「ん? もしや、レオン殿……」
キールの目が据わっている。
そう。この地では、客は振る舞われた料理を平らげるのが友好の証。出された料理に手を付けないのは、敵対の意思があると見られてもおかしくないのだ。しかも、この場合、王姫が手作りし、給仕までしてくれているのである。
しかし……よりによって、このデザートは、俺にとってハードルが高すぎるのだが……。いや、キールも今更、俺が敵対の意思を持っているなんて、普通考えるか。そんなの在り得ないだろ。……仕方ない。
覚悟を決めた俺は、ケーキをゆっくりと口に運んだのだった。
(糸 さまより)




