第2章 山エルフ編 第10話 団らん
「それにしても、成人されてまだ間がないというに、すぐに辺境伯とは大した出世だの」
そう言って、キールは、俺の方を流し目で見て小さく舌なめずりをする。
女王にしては多少行儀が悪いかもしれないが、どこぞの貴族連中とは違い、彼女のいいところは、言動に全く嫌みがないことである。
そして、俺は、キールのこんな裏表のない人柄が大好きなのだ。
ちなみに、キールは、本心から俺が出世したと思っているらしい。まあ……そこはおいおい説明していけばいいか。
「それにしても、レオン殿は、しばらく見ぬ間に随分と逞しくなられたの」
「そりゃ、五年ぶりですから。キール様のお美しさは、あの頃のままですね」
「レオン殿、いつの間に、そんな女たらしになられたのじゃ。本気にしてもいいかの♡」
「こほん」
セリスの咳払いと同時に、鋭い殺気を感じて我に返る俺。何だか最近、この妹が妙に怖く感じるときがある。
「いただきま~す」
それはともかく、俺たちは、異世界風の祈りをささげて、目の前のごちそうにかぶりついた。何と、俺たちクラーチ家の者が来るということで、テーブルには異世界風の料理が並べられている。
「わあ、美味しい~。思い出しました。この料理は、子どもの頃、ここで食べたと思います」
「そうかの。それは、そなたらの祖父に教えてもらった料理での。わらわの好物でもあるぞ」
「何ていうお料理だったでしょうか」
「ええっと……確か……。そう、思い出したぞ。この料理は、“クシカツ”というものじゃ」
「うまい。本当に、冷えたエールと合いますね」
「そうじゃろうとも。揚げたてじゃからの」
「こっちは、何ですか」
「あっ……お兄様。私、知っています」
「そうなのか」
「はい。おじい様に頂いたことがあります」
「これも、そなたの祖父から教えてもらった物での。わらわが下ごしらえをしたのじゃ」
そう言うと、キールは丸く焼かれたその料理を切り分け俺の皿に置いた。鼻腔を独特のにおいがくすぐる。
「これ、もしかして、ソースがかかっているのですか」
「そうじゃとも。お主の祖父に聞いての。試行錯誤を重ねて、我が領でも生産できるようになったのじゃ」
「あれ、そういやこれ、俺も祖父に作ってもらった記憶があります。確か、お、お、お……」
「オコノミヤキですの」
「そう、それだ!」
他にも、ヤキソバ、トンジル、エダマメ…………。
俺たちは、キールたちの心づくしの料理を堪能し、昔話にも花が咲いた。
「レオン殿は、子どもの頃から、口数が少ないのは変わらぬようじゃの」
「は、はい……」
口ごもる俺を見遣り、セリスが口を開いた。
「お兄様は、昔からはっきりとしゃべってくれません」
「おい、セリス!」
「くっくっくっ……」
「ですが、最近は、子どもの頃よりは、よくおしゃべりされるようになられました」
「そ、そうかな」
「なんじゃ。尻に敷かれておるぞ、レオン殿」
「い、いやあ……」
「今日は、異世界づくしじゃ。そなたの祖父から教えてもらった物ばかりじゃぞ!」
目の前の料理に首をひねる俺。はて? 祖父は山エルフたちの料理長でもしていたのだろうか。
「ふう~。……もうお腹が一杯です」
「私もです」
「遠慮せずともよいのじゃぞ。まあ、あと一杯どうじゃ」
お腹をさする、俺とセリスに、なおも料理と酒をすすめるキール。
そんな楽しい晩餐も、そろそろ終わりに近づき、ニーナがデザートの皿を準備しようと厨房に向かった。
そして、ニーナの姿が見えなくなったタイミングを見計らったように、キールは少し顔を赤らめて、恥ずかしそうにとんでもないことを切り出した。
「と、ところで、レオン殿も成人されたことじゃ。寝所はわらわと一緒で構わぬな」
「ぶっつ!」
キールの唐突な発言に、狼狽して、思わず口に含んだエールを吹き出す俺。
そして、腰を浮かし、いつもの癖でレイピアのつかに手をかけようとするセリス。
いや、剣は館に入るとき、俺のと一緒に預けただろう。というか、こんな所で乱暴してはいけません。どうどうどう……。
「お兄様のことは、私がお守りします」
そんなことを口走り、なお不穏な顔をするセリスに対して、館のメイドたちが音もなく動く。俺とセリスを静かに包囲。
今まで、皆さんとっても友好的で、可愛らしい笑顔を振りまいてくれていた。それが、一転して表情を消し、あたかも冷徹な暗殺者のような動き。さすがは、戦闘民族とも呼ばれる山エルフたち。素晴らしい反応だ。
ただ、よくも悪くも真っ直ぐな彼女たち。一歩間違えれば取り返しのつかないことにも成りかねない。
「キール様……」
俺は、動揺を隠し、あくまで平静を装ってにこやかに語り掛けたのだった。




