表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/180

第1章 王都追放編  第3話 クラーチ家

 俺の祖父は、誰が見ても、自分のやりたいことをやりたいようにし尽した、実にうらやましい人生を送ったと思う。これは、俺だけじゃなくて、祖父を知る全ての方々の共通の思いなので、間違ってはいないだろう。


 たった一度きりの人生。しがらみなんか、くそくらえ! 誰にも縛られず、自分のやりたいようにのびのびと好きに生きたい。



 俺も、やりたいように自由にやってやる~!





「レオン様、レオン様……」


「ん……」


「レオン様、何言ってんすか!」


「えっ?」


 不覚にも、いつの間にか眠りこけてしまったようだ。そういえば、道が舗装されているのか揺れが少ない。御者の腕もさることながら、道の整備状況が大幅に向上している。いつの間にやら街道を抜けていたらしい。


「レオン様。いくら寝言でも言っていいことと、よくないことがあるっす」


 何やらよくわからないが、モルトの奴、怒っているようだ。腕組みをしながら、もふもふ尻尾が小さく揺れている。事情が今一よく把握できていない俺は、少し間抜けた返事。


「俺……何か言ってたか?」


「言ってたも何も。何すかあれ!」


「い、いや、そ、それは……」


「やりたいように、自由にやってやるって言ってたっす!」


 動揺する俺を見て、あきれたように肩をすくめるモルト。


「いいっすか。レオン様。気ままに生きるなんて、貴族家の当主として、一番在り得ないことっす!」


 モルトによれば、一度貴族の当主として生を受けた以上、人生は耐え忍んでなんぼ。その双肩に、家臣をはじめ、多くの人の命運が託されているのだ。俺の祖父はあくまで例外だと言う。


「いい加減、今度ばかりはよくお聞きくださいよ!」



 …………。



「ですから、レオン様。くれぐれも変なことをお考えにならないでください。いいっすね」


「…………」


「後で尻拭いするのは、自分らなんすっから!」


「そ、そうか、そうだよな」


「全く。いつまでたっても、世話が焼けるっすよね。いい加減しっかりしてくださいよ」


「す、すまんな」


「お願いしますよ。レオン様、もう、いい歳されてるんすから」


 何か偉そうなモルトに、少しいらっときたが、正論なので仕方がない。セリスも背筋を伸ばしてぴしっとした姿勢を保ちつつ、こんなモルトの言葉にうなずいている。

 

 俺は、少し開きかけた口をゆっくり閉じることにしたのだった。





 何でも祖父は、異世界の自宅で執筆中に、書斎ごと、この世界に転移してきたという。


 俺が思うに、普通の人ならパニックになったり、元の世界に帰る手段を血眼になって探すと思うのだが、祖父は違っていた。


 何でも元の世界で、「民俗学」なる学問にどっぷり浸かっていたせいか、自分の異世界転移を小躍りして喜んだらしい。


 そして、民俗学の研究と趣味の剣術に没頭する傍ら、俺に自ら教育を施したのである。


 俺は、他の貴族のように学校に通うことはなかった。祖父から異世界の本を教科書として、異世界の進んだ知識や技術、加えて制度や考え方、そして剣術を叩き込まれたのだ。


 祖父から、あまりにも多くのことを課せられ過ぎていたせいで、学校に行かなかったというより、行けなかったという言い方の方が正しい。祖父は、俺が貴族の学校に通うことを禁じてはいなかったからだ。


 何しろ俺は、産まれてすぐ、夜泣きしたときには、異世界の物語を子守歌として聞かされていたというし、おむつが取れる頃には、異世界仕込みの教育が始まっていたという。


 五歳になるころには、本格的な異世界語の習得が始まった。


 今にして思えば、何故、世の中で使われもしない異世界の言語を学ばされているのかと、疑問に思うだろう。しかし、その当時は、そんな余裕なんてなかった。それどころか、漠然とそんなものだろうと思っていたくらいである。


 来る日も来る日も読み書き暗唱。カタカナ、ひらがな、漢字、ローマ字、九九……。この中で、この世界で役に立っているのは、九九くらいかも知れない。


 言語の習得がある程度進むと、次に本格的な教科の学習が始まった。しかも、異世界の教科をである。


 祖父が不在のときは、家庭教師による個人授業。これはさすがにこの世界で普通に学ばれる勉強だったように思う。


 祖父が徹底していたのは、俺の周囲の世界、すなわちクラーチ家の全てを、出来うる限り、異世界に近づけようとした点である。


 それは、家の間取りや料理のメニューや味付けなど表面的なことだけでなく、執事やメイドなどの従業員を含めたものの考え方さえも、異世界風にしようとしたのだ。


 例えば、この世界では仕える使用人が、領主の一族の者から対等に扱われるなんて在り得ない。

そこには、「身分」などというものが、存在するからだ。


 ところが、クラーチ家には、「身分」なるものが最初から無い。というか、そんな概念すら無い。ここでは、領主も使用人も、ひとりの人間として互いに対等なのである。


 我がクラーチ家にあるのは、雇用者と被雇用者、あるいは、資本家と労働者という関係だけ。


 忠誠だとか、御恩と奉公などといった、湿っぽいものは一切ない。そこにあるのは、ドライな雇用関係のみである。


 にもかかわらず、王国のどの貴族家より、我がクラーチ家は、皆の一体感が強いと思う。


 祖父も、メイドや使用人一人ひとりに対して、敬意を払って接しており、そのせいもあってか、家臣からの尊敬や信頼を一身に集めていた。


 俺は、こんなクラーチ家の中でどっぷり浸かって大きくなったのだ。


 そりゃ、この世界の、特に貴族社会なんて馴染めないのも当然だろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おお、転移者や転生者ではなくその子孫設定ですか。 楽しみな設定です(*´ω`*) しかし、九九はともかく地球の言語に意味が……後半ででるとみた(∩´∀`)∩
[良い点] 「そう来たか!」というおじい様の設定。 なるほど、面白いですね! なんかワクワクしてきました。 「誰にも縛られず、自分のやりたいようにのびのびと好きに生きたい」 私もそうありたいと思って…
[一言] 祖父が異世界人で民俗学者!? 確かに、民俗学には『マレビト』などという異世界転移者としか思えない存在とか、異世界転移としか思えない『神隠し』なんて概念があるから異世界転移できればヒャッハーし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ