第2章 山エルフ編 第7話 『ざまかん』
王都では最近、活版印刷が普及し、ちょっとした出版ブームを迎えていた。きっかけとなったのは、王国が肝いりで進めている『ギルド』の復興と拡充である。
その昔、似たような組織が大陸中にあったらしいのだが、いつしか己の役割を終えたかのように消えていったという。
しかし、大森林にはびこるドラゴンの問題や、都市部における慢性的な人手不足、軍事費の増大などの問題を解消するため、王国は、半官半民でギルドの本部を改めて設立した。
当初、ギルドは、人材派遣を中心としたほんのささやかな組織だったそうだ。ところが、利用者に対する様々な便宜をはかっていくうちに、徐々に大きくなっていったという。
元々、ギルドには、レストランやバー、宿が併設されていたのだが、依頼主と求職者、相互の利便性の向上のため様々なサービスが加わり、ギルドの組織は雪だるま式に大きくなっていったのだ。
今では、資産の運用や、貸し付けといった金融部門、家や土地の取引を行う不動産部門、輸送部門も出来た。おまけに、郵便や納税といった公的なサービスまで取り扱うようになっている。
そして今後、ギルドは、国内だけに留まらず、国境を越えた繋がりを持つ巨大な組織になっていくことが期待されているのである。
このギルドに登録し、様々な依頼をこなして報酬を得る者は、かつてそう呼ばれていたように『冒険者』と名乗るようになった。
最近では、冒険者たちは、一人で対処できないような依頼に対して、複数人でチームを組むことも多いらしく、それらは『冒険者パーティー』もしくは『パーティー』と呼ばれているらしい。
こういった社会変革のうねりが、それまでとは比べられない程の膨大な情報のやり取りが必要となり、活版印刷の普及と今日の出版ブームにつながったのである。
この本は、そのような王都の社会情勢を背景として、書かれるべくして書かれたと言っても過言では無いだろう。
内容は、発展著しいギルドを舞台とした、ひとりの男の成長物語である。
屈辱と涙にまみれた主人公が、挫折を経て栄光を掴み、その後、幸せを手に入れるというサクセスストーリーと人族と亜人たちとの種族を越えた交流が、冒険者やそれに憧れる若者たちの共感を呼んだのだ。
そして、発売されるやいなや、一大センセーションを巻き起こし、一気にランキングを駆け上がっていった。何度も版を重ね、不動のベストセラー第一位。今や王都で知らない者はいないであろう。作品名は、ずばりこれだ。
『使えない奴だと言われて、Sランクパーティーを追放されたけど、その後すぐ勇者認定されたので、“ざまあ”します ~おまけにケモ耳美少女メイドたちから、なつかれすぎて困るので、モフモフ奴隷ハーレムを作ってみたら、感動的なまでに素晴らしかった件~』
通称、『ざまかん』と呼ばれているこの作品。俺が、純粋なる文学的探究心からやっとの思いで手に入れた代物である。そして、この本には、悲しい逸話があるのだ……。
◆
もう、随分前のことである。昼下がりの午後、珍しく自由時間が出来た俺は、やっとの思いで手に入れたこの本を自室で楽しく読んでいたのだが……。
「お兄様~!」
ノックもせず、いきなり俺の部屋に飛び込んできたセリス。俺が、人に見せられないような状態だったら、どうするつもりだったんだ! 今ちょうど、主人公が、ヒロイン奴隷を購入したところなんだぞ!
長期休みに入ったとかで、寄宿舎から帰って来たセリスは、屋敷に着くなり俺の部屋に直行してきたのだった。
「あのね、私、昨日ね……」
なんでも、試験の結果が良くて、俺に一番に褒めて欲しかったらしい。
しかし、騎士官学校どころか、学校と名がつくものにすら一度も通ったことのない俺なのだ。すごいことは何となく分かるのだが、今いち実感が湧かない。
顔を紅潮させ、一生懸命、俺に話しかけるセリスとは裏腹に、俺は読書タイムをいきなり邪魔されて、不機嫌極まりない。
何が悲しくてこの後はじまるであろう、楽しそうな展開を、妹の横で読まなくちゃならんのだ。今ちょうど、ヒロインが、主人公の部屋に飛び込んできところなんだぞ!
「ふうん……そうなんだ……」
……。
最初は、興奮気味に早口で何やらまくし立てていたセリスだったのだが、俺が上の空で本を読み続けていたものだから、いつの間にか黙ってしまった。
だって、今ちょう……あ、あっ……ヒロインが、自分のカチューシャに手を伸ばした。そのまま、ゆっくりと外しているし……。
ええい! こんな状況では集中して読めんわ! 俺はやむなく本を閉じ、セリスの方を向いた。
「ごめんな、セリス」
「う……くっ、……ひっく……」
え、あ、あれ。せ、セリス……泣いてるのか?
……。
「お兄様は、私より、そんな本の方がいいのですね」
「あ、いや、これは、ち、ちが……」
「お兄様の、ばか~っ!」
えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ。
「セリス~」
慌てて追いかける俺だったのだが、後の祭り。
このせいで、俺はこの後、今でも思い出したくもない目に遭うのである。




