第2章 山エルフ編 第6話 ベストセラー
さっぱりした俺たち二人が案内された応接室は装飾も豪華。特に特産品である銀製品がやけに多い。
セリスは先にあがっていたようで、俺たちが来たときには、すでに興味深げに銀細工の置物を眺めていた。よかった。人知れず胸をなでおろす。
そして、セリスの視線の先にある様々な置物。ここまで精緻な物を作るにはかなりの技術が必要に違いない。
俺は別の意味で山エルフたちの技術に感謝するのだった。
「あっ、お兄様」
「おっ、これは……なかなかの腕前だな」
「はい。すごいですね」
「そうだな」
あえてセリスに、素知らぬふりをしつつ、水面下では苦心している。お兄さんは大変なのです。
「セリスも、この技術がわかるか」
「はい、お兄様。山エルフたちの技術は、あなどれませんね」
「これなんか、どうだ」
「こ、これは……すごいですね……」
風呂場の話題にならなくて、本当に良かった。
冷や汗をかきながらも、話の論点をじりじりと、山エルフたちの技術力へ持っていこうとしていた俺は、セリスの顔色を確認して、ほっと胸をなでおろしたのだった。
「そんなことより、お兄様。顔が赤いですよ。お熱があるのなら一大事です」
そう言ってセリスは、自分のおでこを近づけてくる。
い、いや……。そ、そんなこと……お兄さんは、ただただ恥ずかしいです……。
「お兄様」
顔を赤らめるセリス。
「お兄様は、お熱があるのかも知れませんよ」
多分、俺の急激な体温の上昇は、きみのせいだと思うのだが……。
◆
そうこうしているうちに、ミニスカメイドたちがしずしずとやってきた。
「どうぞ、お座りください」
メイドに促され、俺たち三人はふかふかのソファーに座る。このやわらかな手触りからして、かなりの高級品だろう。
「!」
それより、座った途端、吸い込まれるように腰が深く沈み込むことに驚いた。リラックスできて気持ちがいいものだが、こんなのに座っていては、とっさの対応なんてできない。
セリスも気付いたようだが、俺が目くばせすると、安心したように深く腰を下ろした。
ちなみにモルトは、何も考えていないようで、ゆったりと寛いでいる。気持ち良さ気に幸せそうな顔をだ。
俺たちが腰を沈めるタイミングに合わせて、メイドたちが、音もなく飲み物を給仕してくれた。
皆一様に、超ミニスカートのメイド服。そして、両の太ももの外側には、何かが仕込んであるようで、微かな膨らみが見て取れる。さすがはキール。メイドの端々まで戦士としての覚悟が見て取れる。
そんな俺の視線に気付いて、勘違いする者が約一名。俺は、ただただ感心していただけなのに、そんな俺を見て、こんなことを思う奴がいるなんて……。
「レオン様も好きっすね~。言っているじゃないっすか。男のチラ見は、女のガン見っすよ!」
こ、こ、こいつは……。
お、おい! セリスまで誤解したのか、何だか俺の方をゴミでも見るような目で見ているだろうが! ど、どうすりゃいいんだ!
「ち、違う、俺は見とれてたんじゃないぞ!」
「まあ、レオン殿も、年頃だということじゃの」
「い、いや、あっ……」
いつの間に入って来たのだろう。キールはそう言って、俺の前のコースターに飲み物を置いてくれた。
相変わらず、セリスの視線は冷たいが、何か、うまく言い訳……じゃなく説明できなかった。仕方ない。
銀のコップに入ったそれは、冷やした泡水に、果物の果汁が入ったジュース。
甘くておいしいが、アルコールも入っているようだ。これ、飲み口はいいのだが、飲みすぎるとダメなやつだ。
まったくもって隙のないことである。俺は、キールたち山エルフの実力を見せつけられた思いだ。もし、何かあれは、俺たちは、簡単に制圧されてしまうことだろう。
それに引き換え、こいつときたら……。
「いやー、冷たくて美味しいっすね~。お代わりいいっすか」
……なんだか、恥ずかしくなってきた。
◆
山エルフたちは、領内に豊かな銀山をいくつも抱えている。その昔、銀の精錬に成功し、それまで金より高価ともいわれていた銀を、大陸中に流通させたのは、彼女たちの遠い祖先なのだとか。
現在は、銀の産出や伝統工芸の銀細工に加え、林業や、建築、造船などの分野においても、高い技術力を誇っている。
人口や面積では、王国の一割ほどしかない彼女たちが、王国と対等に張り合っていられるのも、これらのおかげだろう。
そして、キールは、少し恥ずかしそうにこう言った。
「そ、それはそうと、約束の品は持ってきてくれたかの?」
「はい。ご心配なく」
俺は、セリスの方にちらっと視線をやった後、キールに一冊の本を差し出した。セリスめ、つんとすまして、そっぽを向いていやがる。
キールはこう見えて、かなりのインテリ。しかも王都の最新の流行に目がないのである。
俺が、来訪したい旨を書簡で伝えたとき、大歓迎するとの旨と共に、何でもいいから王都で一番売れている本をお土産に欲しいと、ねだられていたのだ。
「今、王都で最も流行っている本はこれです」
そう言って俺は、一冊の本を取り出した。
元々、キールが治める山エルフたちの領域は、王国と隣接してはいるものの、それ程交流があるわけでもない。
王国との間には、ずっと中立が保たれてきたのだが、王国が建国以来、伝統的に山エルフを含めた亜人たちを差別してきたことから、彼女たちも、表立って王国の文化を受け入れがたい雰囲気がある。
そのためか、女王自ら王都の書物を求めるなど、外聞が悪いそうだ。そこで、キールは、これ幸いと、個人的に俺にお土産をねだったというわけである。
俺たちの訪問を歓迎するという、キールからの親書には、客人のお土産ということで、しぶしぶ受け取ることにして欲しいという内容か書かれた小さな手紙が添えられていたのだった。




