第2章 山エルフ編 第5話 おもてなし
館の玄関にたどり着いた俺たちは、待ち構えていたメイドたちに案内されて軽く旅塵を落とした。その後、城館の中へ招かれたのはいいのだが、びっくりして小さくのけぞったのだった。
何と、今日は王自ら出迎えてくれたのだ。幼いころから何度もここを訪れている俺だが、こんなことは初めてだ。
「ようこそ、レオン殿」
王自らの出迎えに、恐縮する俺たち。俺だけでなく、心の準備が出来ていないセリスやモルトも、俺の後ろで固まっている。
そんな俺たちを、笑顔で歓迎してくれる王。というか女王。
「レオン殿。随分、立派になられましたな!」
そう言って俺たちを迎えてくれたのは、この館の主であるキール=インペリアル。
満面の笑顔の女王は、相変わらず最小限の衣装を身にまとっている。
俺も、もう子供じゃないんだから、その辺は色々考慮していただきたいものである。いや、これは下手に動くと中身がこぼれてしまいそう。
思わず赤面して目を逸らせる俺の前で、褐色の豊満ボディが揺れている。
今まではあまり意識したことはなかったのだが、改めて見るとすごい。これが山エルフの正装なのだとか。女王自ら、俺たちに礼を尽くしてくれているのだろう。
「お兄様!」
「痛っ!」
少しむくれて俺の方を睨んでくるセリス。いや、俺、何も悪くないぞ! どうして俺がつねられているんだ!
「これは、これは……レオン殿は、心強い護衛もお連れのようじゃ。久しぶりじゃの。セリス殿」
「ご無沙汰しております。キール様」
「セリス殿も、随分と、綺麗になられたの」
「そ、そんな……わ、私なんてぇ……」
ぽっと顔を赤らめるセリス。セリスお前……我が妹ながら、チョロすぎないか。お兄さんは心配です。そして、俺をつねっているこの手を、早く放して欲しく思います。
「まあ、レオン様。それは仕方がないっすね」
「な、何? どうして仕方がないんだよ!」
「だって、レオン様。さっき、思いっきりガン見されてたっすよ」
「い、いや、うそだ。俺はそんなつもりは……」
「男のチラ見は、女のガン見っすよ」
忠告してくれるのは嬉しいのだが、ガン見って……。モルトも俺の執事なんだから、もう少し、主人に寄り添った、表現をしてもらいたく思う。
ほら見ろ! お前が変なことを言うせいで、何だかさっきからセリスの視線が冷たいぞ。つねっている手はようやく放してくれたのだが。
「久しぶりの再会じゃ。今夜は飲もうぞ!」
そんな、俺の葛藤はさておき、キールはそう言うと、破顔一笑。俺たち二人の肩をバンバン叩く。
彼女は、この地域一帯を支配する通称『山エルフ』と呼ばれる種族の女王。俺たちが、これから先に進むには、どうしても彼女の力が必要なのだ。
そして、彼女は、今後のアウル地方の領地経営には欠かすことのできないキーパーソンの一人でもある。
「疲れたであろう。まずはゆるりとされよ」
「こちらでございます」
俺たちは、ずらりと並んだメイドたちに案内され、まずは浴場へ。俺は軽く汗を流して、モルトと二人で湯船に浸かった。気持ちいい~♪
「やっぱり、肩までお湯に浸からないと、風呂に入った気がしないっすねえ」
「全くだ」
クラーチ家の異世界文化にどっぷり浸かったモルトの言葉に、俺も深く同意する。
俺たちが、ゆったりと湯船に浸かっていると、何やら更衣室に人の気配がする。
そう言えば、俺は今まで子供だったから、味わったことはないが、この館では客人に対してこんなもてなし方をすると聞いたことがあったのだが……。
まさか、まさか、まさか……。ま、まじですか!
「失礼しま~す」
そう言って、湯殿に入って来た山エルフの美少女メイドさんたち。
薄い布一枚で前を隠し、恥ずかしそうにしながらも、きゃいきゃい言いながら入ってきた。よく見ると、さっき俺たちを案内してくれたメイドさんたちである。
「お背中、お流ししま~す♡」
そう言って、赤面してうつむく俺たちの背中から体の隅々まで、綺麗に洗ってくれた。こんなに可愛らしい美少女さんなのに、慣れた手つきである。
「何か、ご要望がありましたら、何でもお聞きします」
「えっ、な、何でもいいの~?」
「はい。もちろんです」
「…………」
思わず赤面してあわあわしている俺。しかし、そんな俺を見ても平然としているメイドさんたち。手を止めず、にっこり笑顔で接客? してくれる。
「い、いや、もういいって」
「もう、レオン様、恥ずかしがらずに前をお向きください」
「ほら、ほら、え~っと……狐様も」
「モルトっす!」
入浴後は、ゆったりとした部屋着に着替えさせてもらった。これらの至れり尽くせりのもてなしは、この館の、昔からの流儀なのだが、もちろん意味はある。
多分、セリスも、そこの所は分かってくれるとは思うのだが、用心に越したことはない。
それに引き換え、ただただ、幸せそうなモルトは、何もわかっていないに違いない。
俺は、更衣室で着替え終わると、ゆやけたモルトを捕まえて、念を押すことにした。
「レオン様~。天国でしたね~」
「そんなことより、お前。分かっているだろうな」
「何っすか?」
「セリスの前で、絶対に、この話題を出さないように」
「はいっす」
「俺たちは、あくまで、男二人だけで、風呂に入った。誰も入ってはこなかった」
「え、いや、でも……」
「この天国は、幻だ。俺たちは、二人で同じような夢を見ていただけだ」
「は、はいっす」
くどくどと念押ししなくては、こいつは、どこで口を滑らすのかわかったもんじゃないいいか、モルト。本当に、分かっているだろうな!
「いや~。いい気分っす」
「くれぐれも、余計なことを言うんじゃないぞ」
「わかったっすよ~。レオン様も用心深いっすね」
お前は、もっと用心して欲しいぞ。
「いいか、モルト、間違っても、そんなにやけた顔でセリスの前に出るんじゃないぞ」
俺は、緩んだ顔を引き締めて、応接室に向かったのだった。




