第2章 山エルフ編 第4話 山エルフの館
俺たちは、ゆっくりと緩やかな山道を登る。三人共大きな荷物を背負っているが、俺たち二人の足は軽やかだ。特にセリスは、さすが騎士官学校で鍛えられてきたせいか、俺より元気そうである。
そのまま半日ほど進むと、小高い丘に出た。下からは温かい風が吹き上がってくる。
「おい、見ろよ!」
「わあ……お兄様、きれいです!」
「ハァハァハァ……。ぜ、絶景っすよね!」
高台から見下ろす俺たちの眼前で雲がちぎれ、細くたなびいていく……。
目に入るのは、濃い緑のコントラスト。
眼下に広がる雄大な景色に思わず息をのむ。空気が甘い。吹き上げる風に沿って上を見上げると、大きな鳥が輪を描いて飛んでいる。
この辺りはドラゴンも出るそうだから、ひょっとして鳥ではなくてワイバーンとかいう翼竜の一種かも知れない。
俺たちが見下ろす先には、大きな岩石が転がる草原。その中に、一際大きな城館が見えた。石と木が組み合わされた、独特な造りをしている。明らかに王都にあるどの建築物とも違う。俺たちは、その館を目にしてここがもうすでに王国領ではないことを改めて実感したのだった。
いや、その建物は館というより城といった方がいいのかもしれない。手前を流れる大河を天然の堀として、立派な港湾設備も整えられている。そして、その港の周囲には大小さまざま船が行き交っている。
国境の関所こそないが、目の前の大河の向こうは山エルフの領域である。
「あともう少しだ。日暮れまでには着くぞ」
「はい、お兄様」
髪をかき上げて小さくうなずくセリス。短く切りそろえられた綺麗な髪が小さな汗の粒をまとって輝いている。白いうなじが汗ばんでほんのりと赤い。思いがけず女性らしい部分に思わず見とれてしまった俺は、ふとセリスと目が合いお互い気まずくて目を逸らした。
「……っつ、たく……!」
大げさに舌打ちをするモルト。
「全く、二人っきりじゃないんすよ! 少しは気遣いというものが欲しいっす!」
確かに、お前の言う通りかも知れんが、お前は執事としてやっぱり一言多いぞ! ついさっきまでへばっていたくせに、口だけは元気なようである。
ひょっとして、こいつはまだあの猫耳美少女の件を根に持っているのか。いくら振られた上に父親に言いつけられたからって、俺に八つ当たりはよくないぞ。
「……」
俺とセリスは、お互い無言でうなずき合い、この季節にしてはきつい午後の日差しを浴びながら、目指す館に向かって、少し足を速めて歩き出したのだった。
「ち、ちょっと、お二人とも! 置いて行かないで欲しいっす!」
◆
やがて、俺たちは、目指す城館の門までたどり着いた。ここを訪れるのも五年ぶりである。門の石組みも、当時のままの面影だ。
「おい、セリス見てみろよ」
「はい、お兄様」
俺が指さす先には、俺たちがまだ小さいときに背比べした跡が残っていた。俺とセリスが、この石壁で、背の高さに合わせて、線をひいたのだ。
「わあ、懐かしいです」
「この頃は、随分小さかったんだな」
「私、ここで、お兄様と背比べしたことは、覚えています。懐かしい……」
「俺も覚えているよ。確かセリスは、あの時、爪先立ちで、背伸びしていなかったか」
「もう、お兄様ったら!」
懐かしくて、思わず、当時の二人の背の高さを記した線をなぞっていると、門番に声をかけられた。
「お二人とも、ずいぶん大きくなられましたね。キール様よりお伺いしています。レオン様とセリス様、そして……え~っと、狐様ですね」
「モルトっす!」
我がクラーチ家が、キールたち山エルフの一族と深く親交を結んだのは、祖父がこの世界に転移してきて間もない頃のこと。何でも困っていた山エルフたちを助けたそうで、深く感謝されたという。
それ以来、現在に至るまで、山エルフたちは、王国とは中立を保っているものの、我がクラーチ家だけは、まるで、親族のように特別待遇をしてくれている。
俺たちは、大きな石を組みあげて造られた、巨大な城門をくぐり、敷地内に足を踏み入れた。
「何だかすごい建物っすね~」
一見、遠くから見ると、巨大な館のようだが、これは、防御設備の整った立派な城。というか、むしろ要塞に近いのかもしれない。
子供の頃は、公園のように思っていた敷地は、つづら折りの道に、要所要所に櫓門が備えられている。両方の壁には、いざという時には、弓やボウガンを放つことができるように、無数の穴が開いている。
道は全て石畳で舗装されており、途中には、少し広い場所もあるが、ここは、周囲が高い櫓に囲まれているため、攻め入ってきた敵を一網打尽にする仕掛けが、施されているのだろう。
「な、何だか、やけに遠く感じるっす」
直線距離はそれほどのことでもないはずなのに、門をくぐって、大分時間がたってから、俺たちはようやく、館の玄関にたどり着いたのだった。




