第2章 山エルフ編 第3話 別れ
「一!」
大喜びの三人の前で、ひとり頭を抱えるモルト。
「何で、さっきから自分の話ばかりなんすか! 一、四、一、って……いくら何でもおかしいっす!」
「まあ運ですね」
「こればっかりは仕方ありませんよ」
セリスとカールトンは納得してくれているようだ。
「第一、おかしいとか言って今回は自分で振ったんだぞ。観念するんだな」
そして、俺はモルトに仕返ししてやることにしたのだった。
「フフフ……正直に答えてもらおうか……。かつてウチの屋敷に出入りしていた、猫人の業者がいたよな」
「は、はい…そ、そういやそんな業者もいたっすね」
俺の恨みを思いしれ! 小さくなっているモルトを攻撃するのは少し気が引けるが、これは自業自得。決して“ざまあ”している訳じゃないからな。
俺のプライバシーを侵害し、セリスを泣かせた罪をあがなってもらおうか。さあ観念しろ!
「その業者なんだが。そいつの子供に可愛い猫耳の女の子がいたはずだ」
「は、はいっす」
「いたよな!」
「いたっすね……」
こいつ、あの子のことを“可愛い”と認めやがった! 俺はそんなことをおくびにも出さず、たたみかける。
「さあ、モルト正直に言え! お前はその後、その子とどうなったのだ!」
「べ、別に何もないっすよ~」
「あれ~おかしいな~。俺は、先代の執事が何やらぼやいていたのを聞いたぞ」
「え、えっ、ほ、本当っすか!」
「さあ、証拠はあがっているんだ。お前の口から白状しろ」
「はっ、はいっす……」
…………。
「ひどいっす、横暴っす……クラーチ家の当主の行いとは思えないっす!」
「お前の胸に手を当てて、これまでの言動をじっくりと振り返ってみるんだな」
そう言い放ち、ようやく溜飲が下がった俺。半泣きのモルトに満足し、自然とワインもすすむ。
約一名を除いて、俺たちの最後の食事は、楽しいものになって本当によかった。
その後、俺はカールトンにお礼を渡そうとしたのだが、彼は涙を流すばかりで決して金貨が詰まった布袋を受け取ろうとはしなかった。
「坊ちゃま。そして、お嬢様……」
祖父の代から仕えてくれている、この御者ともここでお別れである。
彼には妻も子供もいるのだから、王国最果ての辺境へ向かう俺の所になど、付いて来るべきじゃないだろう。
何より、今の俺にはカールトンを養う力もないのだから。
「もし、生活が落ち着かれましたらぜひ私共も呼んでください。この金貨は、坊ちゃまたちの生活にこそ充てられるべきです」
俺は、何度も金貨の入った小袋を渡そうとし、終いには押し付けようとまでしたのだが、彼は頑として受け取ろうとしなかった。セリスからもすすめてもらったのだが、結果は同じ。
「私などのことより、お嬢様こそお幸せになってください。ずっと応援しておりますので」
「まああっ、カールトンたら」
何やら意味深なカールトンの言葉に涙を浮かべるセリス。
仕方ない……さすがに俺も根負けしてしまった。
「その代わり、生活基盤が出来て余裕が出来たら必ず呼ぶからな。この金はそれまで預かっておくことにする」
「はい、わかりました坊ちゃま」
「うん。ただしアウル領では何が起こるかわからない。いきなり書簡でカールトンのことを呼び出すかもしれない。そのときは頼むな」
「そのときには、このカールトン、命に代えましても坊ちゃまからのご依頼成し遂げる覚悟でございます」
「ありがとう。離れていても、ずっとクラーチ家の一員だからな」
俺がこう言うと、カールトンが涙を流すので、俺まで両目から汗が流れた。
カールトンは、新しい仕事が見つかったそうだ。将来、俺がそれ以上の待遇で迎えられることが出来るようになったら是非呼ぶつもりだ。
「ぐすっ」
隣で、セリスも涙をぬぐっていた。
「……カールトンも元気でな!」
これで、これまでクラーチ家に仕えてくれていた者は、モルト以外、全員と別れることになる。よくよく考えてみれば、カールトンはウチの屋敷で働く唯一の人族。俺たちは、カールトンの馬車が見えなくなるまで手を振って見送ったのだった。
そのまましばらく感傷に耽っている俺だったのだが……。
「まあ、カールトンはウチが拾ってやったみたいなものですから当然っすね。他の連中も、見習って欲しいもんっす」
そう言って、もふもふ尻尾を揺らしているお前こそ、カールトンを見習って欲しいぞ。何で執事のお前が、俺より上から目線なんだ。しかも、カールトンを雇ったのは、お前じゃなくで俺の祖父だし!
「自分がいないと、クラーチ家は無理っしょ」
モルト……。思わず、お前の事を解雇したくなったよ。
こいつの父は、クラーチ家の創業から支えてくれた恩人。現在は、老齢のため引退し、王都で悠々自適の生活を送っている。俺もよく面倒をみてもらったものだ。
いつか、モルトの言動を詳しく報告するとしよう。
カールトンを見送った俺たちは、ゆっくりと山道を登っていったのだった。




