第1章 王都追放編 第20話 計略
翌日、昼になっても部屋から出てこない私をさすがに心配して、お父さまとお母さまが来てくれた。
「イザベル、大丈夫か」
「イザベル、開けてちょうだい」
お二人は、私の部屋に入ってくるなり、涙を流さんばかりに私の身を案じてくれた。
「おおお……かわいそうなイザベル」
「あなたは何も心配することないのよ。全て、お父様にお任せなさい」
「す、全て……。あ、あ……うん。全部私に任せてくれてもいいぞ」
「お父さまもこう言われています。ご安心なさいね」
…………。
とにかく、私が辱めを受けたことに二人とも大激怒してくれた。
「く、くそう……。は、伯爵家風情が我が公爵家の顔に泥を塗るとは!」
「なんて可愛そうなイザベル。あなた、ここは、きっちりとけじめをつけるべきですわ!」
「そ、そうだな。伯爵家には、この度のこと責任を取ってもらうことにしよう」
心強いお父さまのお言葉。こんなとき、お父さまは、私のいうことを全部聞いてくれていた。今回も、私の希望を全部叶えてくれるに違いない。
◆
……ふう。
両親に話をして、少し心がすっきりした。思い切り泣いて何だかすがすがしい気分だ。
今、私は、自分の部屋でひとり。すっかり冷静さを取り戻していた。
「マリ―、マリーはいますか」
「は、はい……。こ、こちらに!」
マリーは、すぐに隣の秘書室から来てくれた。
「マリー。何か、いい考えはなくて?」
「はい、お嬢様、すでに考えております。こうすればいかがでしょうか……」
…………。
さすがはマリー。私の専属秘書の事だけはある。こんなことを担当させたら、彼女の右に出るものはいないのではないかしら……。
「素晴らしいです。さすがはマリー。すぐに取り掛かるように!」
「ははっ」
「私を怒らせたらどうなるか、ほえづらかくといいわ。そして、許して欲しいのなら這いつくばって、謝ることね! そうすれば王都にも帰してあげるし、仕方ないから、け、け、結婚してあげてもいいんだからね!」
怒りに任せて腕組みをしながら、自室でひとり叫ぶイザベルは、今の自分の姿が、レオンが思い描いている『悪役令嬢』のイメージそのものであることに、全く気付いていないのであった。
◆
舞踏会から数日後のことである。
俺の元にまた、パーティーの招待状が送られてきた。別に主賓でも何でもない唯の招待状だ。正直、気がすすまない。モルトもいるが、俺はこっそり、招待状を……。
「レオン様! 何さりげなく大切な手紙をゴミ箱に捨てておられるんっすか!」
モルトはそう言うや否や、ゴミ箱から拾い上げた招待状を、俺の目の前で広げてみせた。
……。
「レオン様、わがままもいい加減にして欲しいっす!」
今度こそ断ろうとする俺だったのだが、とにかくモルトがしつこい。本当~に、よく分かったものだと感心するぞ。
「レオン様! これは正真正銘、王国公認のパーティーっすよ。しかも春の叙任式を控えた大一番っす!」
「い、いや……。俺はそれでも、興味なんて全くないんだけど……」
「あり得ないっす! いいっすか、レオン様!」
その後もくどくどと、俺にお説教するモルト。そのおかげで、結局俺は、嫌々参加することになったのだった。
しかし、この席上で、例のトラブルが起こってしまったのである。ああ、あ……。言わんこっちゃない。
煌びやかなパーティー会場で、いつものように壁の花になっている俺。
ああ~やだ。正直帰りたい。何で自分がこんな所にいなくちゃいかんのだ。そっとモルトに視線を送る。ところが、我がクラーチ家の筆頭執事ときたら、何食わぬ顔でもふもふ尻尾を満足そうにゆっくりと揺らしていやがる。
こんな気の向かないことは執事に任せて、俺はさっさと帰宅することにしようかな。
モルトにばれないように、そそくさとお暇しようとしていた俺だったのだが……。そんな俺の耳に、何やら聞き捨てならない話し声が入ってきた。
何ともタイミングが悪い……いや、逆に絶妙なまでに、タイミングが良かったというべきことなのだろうか。
よりによって、俺の耳に、こんな会話が飛び込んできたのだ。
「あの伯爵家の一人息子、レオン殿でしたか。彼にも名門クラーチ家にふさわしい処遇が必要でしょうな」
「そうですな。是非そう願いたいものです」
「あのご活躍から考えて、せめて辺境伯くらいでないと」
「ごもっとも」
「これは愉快、愉快。皆様ご異存など、無いようですな」
「そりゃそうですとも」
「くくくっ」
「はははっ」
「誠にありがとうございます。辺境伯ですか! 胸が躍るようですな」
……。
「では、失礼」
俺の無礼な振る舞いに顔をひきつらせて固まる貴族たちを尻目に、俺は、悠々と会場を後にしたのだった。
「れ、レオン様~! 有り得ないっす~!」
「優秀な執事なら、何とか尻拭いしてくれ」
「何、他人事みたいに言ってんすか。いくら何でも、これほどまでのことは……」
「何だ?」
「無理っす!!」
この日、屋敷に帰ってからも、散々モルトから小言を言われ続けたのは、言うまでもない。




