第1章 王都追放編 第2話 辺境志願
俺は、王国の宮廷から見れば、厄介払いされたような形になっていると思う。しかし、そんな状況にもかかわらず、逆にせいせいしている今日この頃である。
いかに条件の悪い土地とはいえ、慣れない王都での貴族社会から離れることができるのだ。思う存分、好き勝手に生活出来そうだ。我ながらこんなことでいいのかと、自問自答することもあるが、そこは是非ともご容赦願いたい。
何しろ、俺にとって、この国の宮廷ほど嫌いなところはないのだから。
笑顔で談笑しつつ、裏では足の引っ張り合いが日常茶飯事。どいつもこいつも、自分や家の保身と名誉ばかり考えていやがる。
弱肉強食と強者に対する忖度がまかり通るこの国の貴族社会。何から何まで俺の価値観とは、全く相容れないものばかりだ。
俺が一貴族として、こんな場所で、こんな奴らと付き合って一生を終えるなんてまっぴらごめんだ。俺の人生は俺のもの。自分の好きにさせていただきたい。
これは、損得とか有利不利とかいうようなレベルではない。それより、もっと根本的な俺の感情が、生理的に拒否しているのだと思う。
俺にとっての貴族社会とは、食べ物に例えるなら、いくら体にいいとか、栄養価が高いとか言われても、どうしても好きになれない○○○○みたいなものである。
そして、そんな俺が、モルトにせかされて嫌々参加したとあるパーティーの席上のこと。ある小さなトラブルが起こったのだった。
…………。
「そういえば、あの伯爵家の一人息子、レオン殿でしたか……。成人の儀を終えられて、随分たちますな。そろそろ、彼にも名門クラーチ家にふさわしい処遇が必要でしょう」
「ふむ……。最近のご活躍から考えても、せめて辺境伯くらいでないと」
「それはお似合い。辺境伯ほどの名誉は、クラーチ家を継がれたレオン殿にこそ相応しい」
「これ、めったなこと言うでない」
「いやいやいや」
「新たな辺境伯様のご活躍が目に浮かぶようですな」
「全くじゃ。あそこでなら、思う存分、剣も振れよう」
「クッ、クククク……」
「オオッ、ホッホ……」
……。
「それはそれは。誠にありがとうございます」
心もち声を張りながら、笑顔を浮かべて近づく俺。連中は一様にぎょっとした表情を浮かべてやがる。
嫌々出席した王国主催のパーティーの席上で、俺の名前が聞こえてきたので、近づいてみたら案の定、こんな話をしていやがったのだ。
全くうっとおしいこと、この上ない。
小さくため息をついて、かりそめの笑顔を振りまく俺。
彼らが、俺への好意なんてひとかけらもないことは明白である。
よく見てみると、揃いもそろって、あのコロシアムの大会で俺に吹っ飛ばされた奴らの親ばかり。大貴族とその取り巻きたちである。
俺が不意に現れて、堂々と振る舞ったことで、一瞬にしてこの場の空気は凍ったのだが、俺は、むしろそんな雰囲気を楽しんでいた。
「まだ若輩の私ですが、皆様方にそこまで認められていたとは、身に余る光栄です」
俺は、そう言うと一礼し、作り笑顔で語り掛けてやった。
「辺境伯ですか……胸が躍るようです」
「……」
少しの間をおいて、取り巻きのひとりが、口を開いた。
「ほう。そう言われるからには、レオン殿は、“あの地”に興味がおありと見えますな」
「はい。是非、かの地で思い切り剣を振ってみたいものですね」
「……」
「お、王国貴族の名に懸けて、に、二言はありませんでしょうな!」
「もちろん」
笑顔で即答する俺。この慇懃無礼な振る舞いに、顔をひきつらせて固まる貴族たち。そんな彼らを尻目に、俺は、悠々と会場を後にしたのだった。
◆
俺は元よりこいつらと仲良くする気なんてないし、今回の事がきっかけで、本当に辺境伯として左遷されるなら、願ったりかなったりである。
「レオン様、いくら何でもやばいっすよ!」
パーティー会場である王宮の大広間を出るなり、モルトが話しかけてきた。
「だって、あの中には、宰相殿の側近もいたっすよ。もし本当に辺境送りにされちゃったら、どうするんすか!」
「俺は、それでも構わんが……というより、むしろそっちの方がいいぞ」
「えっ!」
「俺は、田舎でのんびりと生活したいな」
「はあ~」
俺の言葉に小さくため息をついて、肩を落とすモルト。
「いいっすか、レオン様、今、この国の辺境伯領で空いているのは、あそこだけなんすよ!」
「知ってるよ」
「かあ~っ、知ってて言ったんすか!」
今度は頭を抱えるモルト。一々忙しい奴だ。
「いいっすか。今まであそこは、肩書だけ辺境伯の位をもらうだけで、現地には代理の家臣が遣わされてましたよね」
「ああ」
「今までは、国も目をつぶっていましたが、それじゃあいかんと、宰相殿あたりが言いだしてからは、任命されたが最後、本当に行かなきゃならない雰囲気なんすよ」
「……」
「最近では、アウル辺境伯領に任じられるのを防ぐために、裏で賄賂が横行しているっていう噂まであるっす」
「汚いやり方だな」
「そりゃ、そうかもしれませんが、この際、なりふりなんて構っていられないってことっすよ!」
「何で?」
「決まってるじゃないっすか! 要するに、それほど行くのが嫌なんす!」
「……」
「いい加減、大人の忖度を身に付けていただかないと、困るっす」
「俺は、別にそっちの方がいいんだけど」
「レオン様も、成人されて随分経つんすよ! ご自分のわがままで、振り回される下々の気持ちもご理解して欲しいっす!」
モルトの小言は、この後もまだまだ続いたのだが、このときはまだ、さすがの俺たちも、まさか本当に辺境送りになるとまでは、思ってもいなかったのである。
◆
その後、俺の知らない所で、パーティーで面目をつぶされた奴らが、“運動”してくれたおかげだろうか。
正直、詳しいことは分からない。しかし、分かっている事実はただ一つ。この度行われた、春の叙任式において、俺は、見事にアウル辺境伯に任命されたのである。
これはこれで、彼らの見事な政治的手腕なのかも知れない。きっと今頃、彼らはほくそ笑んでいることだろう。見事なものだと評価してあげたい。
そもそもが、今まで、ろくに仕事もしてこなかったクラーチ家である。いや、確かに仕事はしていたのだが、伯爵家として今までしてきたことといえば……。
王国の伝統的な価値観と既得権益を守ろうとするのが、一般的な貴族であろう。よくよく考えてみると、クラーチ家は今まで、そんな貴族たちから嫌われるようなことばかりしてきたように思う。
そんな伯爵家の若くて生意気な跡取りに押し付けるには、アウル地方はピッタリな土地なのだろう。
こうして俺は、財産や人員を整理したのち、身軽になって、新たに任じられた領地に向かっているのであった。