第1章 王都追放編 第19話 屈辱
俺は正直、出世欲や名誉欲、更には金銭欲すらあまりない。
貴族たちが欲しがり、ときにはそれらを巡って争いさえ起きるようなことに、興味が無いというか面倒にさえ思っているくらいである。
いくら目の前の令嬢が美しく魅力的だとしても、俺はそんなものに捉われる人生は絶対に嫌だ。
祖父の様に生きたい。
大体、妄想にまみれたあげく、あんな謎理論を平気で口にするくらいなのだから、彼女は地雷女のような気もする。
「レオン様、さあ、行きましょう」
「い、いや、結構」
「え……?」
首を傾げるイザベルに、俺はこう告げた。
「ごめん。妹が急病で、帰らないといけないんだ」
俺は彼女の腕をそっとほどき、背を向けた。
「れ、レオン様……レオン様? 一体、何してるの、何してるの? 何してる、何してる、何してるの?」
モルトが、頭を抱えて狼狽しているが仕方ない。こんな時に何とかするのが、優秀な執事の腕の見せ所だろう。
ちらっと振り返ると、イザベルは俺のそっけない態度に目を大きく見開いて、信じられない物を見たような顔をしている。
「そろそろお暇したい。……では失礼!」
出席して踊ったのだからもういいだろう。最低限度のノルマは果たしたはずだ。
「レ、レオン様! いくら何でもやばいっす!」
「そうか? ならモルトが何とかしてくれ」
俺はそう言うとそのまま足早に会場を後にしたのだった。
◆
「な、な、な……!」
レオンの想定外の態度に、イザベルは困惑していた。まさか、こんなことになるなんて、なるなんて、なるなんて……。
ざわつくホール。
この場にいる全員が誰も予想だにしていない事態が起こったのだ。それも公爵家の面目をまるつぶれになる形で……。
出席者たちは何も見なかったふりを装っているが、そんなはずはない。陰で私のことを……。
私はこの後すぐ、皆から笑いものになるのだろう。
悔しくて、目の前が、涙でにじむ。足元がもつれる。私が、私が今まで生きてきて、こんな屈辱初めてだ。く、悔しい……。
◆
せっかく招待したレオン様は、なかなか私を誘ってはくれなかった。せっかく準備した料理も、一切口になさらなかったとか。
仕方ないので、自分の方から近づいた。だって、あのままでは、私は、あの方から誘われなかった哀れな公爵令嬢になるところだったから。
ところが、声をかけると、いきなりあの方に抱きしめられた。
逞しい腕に、厚い胸板。素敵……。
夢のようなひととき……。時よ、止まっておくれ……。
レオン様は、あまり踊り慣れておられないようだった。でも、私がそっとフォローして差し上げたことには、お気づきになられたようだった。
そんなレオン様も素敵……。
なのに、なのに、なのに……。
主賓の殿方が、主催者のお茶を断るだなんて。この後は、茶会の席でのお見合いに入るはずだったのに……。
振られてしまった。
まさか……私が? これは現実に起こっていることなのだろうか……。
怒りと恥ずかしさで逆上する姿を少しでも見られまいと、足早に会場を出た。
返す返すも、く、悔しい……。しかも相手は初恋の人……。
私の、この、ズタズタに引き裂かれたプライドを、どうしてくれよう。
◆
「マリー! 絶対誰も部屋に入れないように!」
私は、屋敷に着くなり、お部屋に引きこもった。そして一晩中、ひたすら声を押し殺して泣いた。それはもう、ひたすらに泣いた。
公爵家、そしてお父様やお母さまの顔にも泥を塗ってしまったと思うが、仕方ない。
何しろこんな屈辱的な出来事は、私のこれまでの人生の中で初めてなのだから。
今頃、私はどこかのサロンで、笑いものになっていることだろう。
しかし、そんなことより、わ、私の、こ、この、気持ちは……!
涙を流しつつも、拳を握るイザベルなのであった。




