第6章 独立編 第24話 決断
イザベルを彼女の寝室まで送り届けた俺は、執務室に戻ると、部屋の前にはモルトが待っていた。
「レオン様、良かったっすね」
「モルトよくやってくれたな。さすが筆頭執事だ」
「それほどでもないっす~」
こうして、モルトと執務室で二人きりになるのも久しぶり。何だか懐かしいな……。
……そういや、いつかイザベルとの縁談を勝手にすすめられたあげく、セリスとニーナに知られて、激昂した二人から正座させられたこともあったっけ。
まあ、俺は大人だからそのような過去のことは水に流してやるとしよう。
いや、待てよ……確かあのときは何故か俺だけずっと正座させられていたような気もするのだが……まあ、今日のモルトの活躍に免じて、こんなことやあんなことも水に流してやることにした。
「遠慮せずに久々にどうだ」
「自分、酒は弱いっす」
「まあまあ『近衛騎士団』は常温の水で割れば飲み口もいいんだ。一杯くらいならいいだろう」
酒の入ったグラスに水を注ぐと香ばしい香りがぱっとあたり一面に広がった。さすが最高級ブランドの名に恥じない逸品である。
「では遠慮なくいただくっす」
モルトは、グラスを両手で持つとコクコクと飲み干した。
おい、これはそんな飲み方をするもんじゃないのだが。
「レオン様、これなかなかいけるっすね」
「おう、まだまだあるから好きに飲んでいいぞ」
「ありがとうっす~♪」
今回の会議の様な場では、各自心の中で色々思っていたとしても、なかなか口に出しずらいものだ。ましてや今回の議題は、我が国ひいては大陸の命運をも左右しかねない内容だったのだから、尚更である。
しかし、モルトは特に打ち合わせていなかったにもかかわらず、よく俺の意を汲んで発言して会議を主導してくれた。
いつもは腹立たしい所もあるが、今日に限っては感謝している。
「何といっても自分はクラーチ家の筆頭執事っすから、これくらいは当然っす~♪」
俺としては意見の内容はどうであれ、多くの者が自分の意見を主張、もしくは他の者の意見に賛同できる場が欲しかったのだ。
この度の会議では、全員が自分の意見を述べることができた訳ではないが、少なくとも自分と近い意見に対して頷くことが出来たと思う。
これで俺も心置きなく決断できるというものだ。
「レオン様、自分、酔っぱらっちゃっす~♪」
「こいつはホントにしょうがないな。でも、ありがとな。モルト」
「いやいや、自分はホントに、レオン様とクラーチ家が良かれと思って生きて来たんす。ZZZ……♪」
「モルト、いつもすまんな」
俺は苦笑しながらも、自ら肩を貸してモルトを部屋まで運んでやったのだった。
◆
リューク王とキールの二人がブラックベリーを訪れ、その日のうちに慌ただしく帰った日の夜。
俺はカールからある情報を聞いていた。
「これは、確実な情報ではないのですが……」
カールによると、リューク王の容体はかなり悪いように見えたという。 長年リューク王に仕え、その姿を間近に見て来たカールだからこそわかったことらしい。
「体調が悪いにも関わらず、ご無理をしてのご訪問だったと考えられます」
「そう言われてみれば……」
「恐らくリューク王が重い病にかかっていることは最高機密。お二人に不自然な点がいくつかあったのも、そのせいではないかと」
確かに今更ながらだが、俺にも思い当たる節がある。
いくら無口だとはいえ、一言もしゃべらないリューク王。
晩餐会の準備をしていたにもかかわらず、用件だけ済ますと、そそくさと帰るキール王妃。
言われてみれば、リューク王の顔色も悪かったように思える。
キールの表情も寂しげであったような……。
「カール、よく話してくれた。このことは誰にも漏らさないように」
「はっ」
特にイザベルには不確かな情報で心配させたくない。勘のいいイザベルは、両親のことについて、すでに何か感付いているようなのだ。
◆
会議の後、俺の胸の中でひとしきり涙を流したイザベル。理由は分からないが、不安に思ってきたことが確信に変わったなどと言っていた。
本人に聞いてみたガ、具体的なことは自分にもわからないという。
エルフ特有の勘の良さなのかも知れない。
後日、俺たちはハウスホールドを訪れ、最終的な決断を伝えた。
そして、ハウスホールドは俺たちの決断を快く受け入れてくれたのだった。
――――――
そして半年後。
賢王の再来とまで言われたリューク王はその生涯を閉じた。南部諸国連合の盟主として、戦後ハウスホールドを大陸一の地位にまで押し上げた功績は計り知れない。
その大陸始まって以来最大規模と言われる国葬では、キールと共に涙をこらえて気丈に振る舞うイザベルの姿があった。
その健気な姿にハウスホールドの国民の多くが胸を打たれたという。




