第6章 独立編 第23話 会議
大広間には、クラーチ家並びにアウル公国の重臣たちが勢ぞろいしている。
今日は普段の会議とは違い、出来るだけ多くの者に来てもらった。皆いつになく緊張しているのか、表情をこわばらせているように見える。
今日の議題は我が国というか、クラーチ家始まって以来の大問題。
議事進行は俺が務めることにした。
「では、会議を始める。アウルをハウスホールドに編入した後、俺がハウスホールドの王位を継ぐことを持ち掛けられていることは、皆も知っているだろう。この件に関して、皆の意見を聞かせて欲しい」
「…………」
あらかじめ周知しておいていたにも関わらず、誰も口を開こうとはしない。
「遠慮しなくてもいいぞ」
重い空気が流れ始めたと思ったとき、モルトがたまりかねたように立ち上がった。
「レオン様がハウスホールドの王なんていくら何でも話が良すぎるっす! せっかくアウル公国は独立を果たしたばっかなんすよ。今は地に足をつけて領国経営に取り組むべきっす」
いつももふもふ尻尾を振り振りしているモルトにしては、まともなことを言っている。そして、モルトの発言をきっかけに少しずつ意見が出始めた。
「私は、この度の話に賛成です」
「カールはもともとハウスホールドにいたからそんなことが言えるんす!」
「まあ、待てモルト。カールにも意見を言わせろ」
「ありがとうございます。私が思うに……」
カールが言うには、現在、アウル公国は一から国づくりをしている。それがハウスホールへ編入されれば、元の制度や組織がそのまま使える。これは時間も労力も資金もかなりの節約になるということだ。
「何言ってんすか! 口車に乗ってアウル公国が乗っ取られたらどうするんすか?!」
カールの意見はもっとも。とは言え、モルトの言い分もわかるだけに難しい所だ。
俺は自分の懸念についてカールに聞いてみた。
「例え王や王妃たちが乗り気でも家臣団はどうなのだろう。ハウスホールドの重臣たちは、俺が国を継ぐことを認めてくれるだろうか」
「そこは大丈夫かと。何しろレオン様の妃には、リューク王の実子たるイザベル様に白狼族からインスぺリアルに入られたニーナ様。不満など出ようはずがございません」
「うむ。カールはそう言うが、そうだとしても、セリスの立場が苦しくなるんじゃないか?」
「レオン様。そのようなこと我らクラーチ家の者が決して許しませんぞ」
そう言って立ち上がったのはカールトン。名騎手兼アール公国騎士団騎馬指南役としても活躍してもらっている。
「我々、アウル公国騎士団も、セリス様と共にあります」
そう声を上げるのは騎士団長マダル。王国騎士士官学校の卒業生たちはセリスを募ってアウル公国騎士団を志望する者が多いのだとか。
「ギルドも、セリス様のお味方です。セリス様に肩身の狭い思いなんてさせません」
ウーゾとバドも頷いている。俺も詳しくは知らないが、セリスとは王都の『裏ギルド』時代からの付き合いだそうだ。
「み、みんな……」
俯いていた顔を上げて涙を流すセリス。
ただ、俺の中では、まだどちらとも決めかねている。
――――――
「私の立場から申しますと、まこと良き話のように思えますな」
議論が途切れたところを見計らい、ドランブイが口を開いた。
アウル公国とハウスホールドが一つの国にまとまることで、巨大な経済圏が出来るのだとか。
「内需の拡大で、これまでさばききれなかったドラゴンソルトやドラゴンミートの更なる流通が可能となります。むしろ、注文に増産が追いつかないくらいになりましょうぞ」
広大な農地と森林資源、さらに交通の要衝であるブラックベリーを擁するということは、大陸の覇権を握ることになるのだとか。
「しかし、それはハウスホールドが我らを手に入れることだとも言えるのではありませんか」
カールトンの言葉に頷くのは、クラーチ家の面々。いつもは口数の少ないカールトンも今日ばかりは積極的に発言してくれている。
「しかしカールトン殿、これはまたとないチャンスかと……レオン様は、名実ともに大陸の覇者になられるのですぞ」
「そんなのアテにならないっす~!」
モルトは、せっかく築いたアウル公国はもとより、親の代からずっと仕え続けたクラーチ家の事が心配でならないらしい。
自ら口を開かずとも、クラーチ家に仕える者の多くがモルトの言葉に頷いている。
ざっと見まわしたところ、大まかに賛成四割、中立と反対が合わせて六割といったところだろうか。
幸いなのは、セリスたち三人は俺のことを慮って、中立を貫いてくれている。三人の気遣いは本当にありがたい。
ちなみにハウスホールド側には、俺がアウル公国の跡継ぎは我が子ではなく他の者に禅譲すること、そしてもしハウスホールドを継いだとしても、その考えは変わらないことは伝えてある。
「まあ、逆にアウルがハウスホールドを編入するっていうなら考えなくもないっすけど」
おい、いくら何でもそれはあり得んだろう。あきれ顔の俺の前でわざとらしく肩をすくめるモルト。
「そうでもしないと、自分らは納得できないっす~」
「いや、そのモルト殿のご意見も一理ありますな」
「どういうことだ、ドランブイ」
「はい……」
ドランブイは、俺がアウル公国に居ながらハウスホールドの王となった後、アウル公国をハウスホールド王国に編入できるのではないかと言う。
「本当に全てをレオン様に譲る気がおありなら、順番が前後しようとさしたる問題ではございますまい」
「カールはどう思う」
「恐らく条件次第では可能かと……」
「皆の思いは聞かせてもらった。ハウスホールドとは、もう一度詳しく話をしてみたいと思う。結論はその後、俺の一存で決めさせてくれ」
俺は最後にそう告げて会議を終わらせ、執務室に引き上げようとしたのだが、途中で足を止めた。
そして無言のまま、ひとり肩を震わせるイザベルの元に歩み寄ったのだった。




