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第6章 独立編 第20話 約束

 

「勝者、セリス=クラーチ」

「……」

「せ、セリス=クラーチ」

「…………」

「こ、こほん。セリス=クラーチ!」


 審判からしつこく名前を呼ばれたセリスは、ようやく唇を離して俺を解放してくれた。


 観客が踏み鳴らす重低音スタンピードの揺れに加えて大歓声と怒号が渦巻く中、セリスの手が高々とあげられる姿を、俺は下から呆然と眺めていたのだった。


 ◆


 コロシアムは、騎馬レースが行われている真っ最中である。

 カールトンをはじめ、騎士団の選りすぐりの騎手たちがしのぎを削るこのレース。

 大陸初の馬券の販売も相まって、こちらもかなり盛り上がっているようで、歓声が俺の控室にまで響いてくる。


「レオン様、いくら何でも油断し過ぎっす」


 ひとり、控室で反省している俺のもとにノックもなくモルトがやって来た。もふもふ尻尾を揺らして何だか嬉しそうだ。


「でもそのおかげで、セリス様に箔が付いたっす~!」

 

 どうやらモルトにとっては、俺が敗けたことがかえって良かったらしい。

 セリスは騎士官学校卒業後は、ずっと俺にべったりだった上、先の大戦でも目立った活躍がなかったため、その実力を疑問視する声もあったのだとか。


 確かにあの細くて華奢に見える身体と美貌からは、強い戦士の姿がイメージしにくいのは当然だろう。


 俺との一戦で実力が証明されたセリスは、次の大会でパンデレッタとのカードが組まれる予定らしい。


「まあ、あの虎野郎はいけ好かない奴ですが、会場人気だけはあるっすから。セリス様との一戦は、好カードになりそうな予感がするっす~♪」


 もし二人の戦いがお互いにかみ合うなら『名勝負数え唄』として何度も再戦させたいらしい。


 そして、次回大会で俺と戦う相手は、巨大ディラノだそうだ。

 

しかもメインイベント。

 なんでも大森林で生け捕りに成功したそうで、もし俺が勝ったらディラノの素材の即売会を兼ねたバーベキュー大会を開くのだとか。


「これは忙しくなりそうっす~♪」


 腕まくりをして張り切るモルト。もし俺が敗けたらどうするつもりなんだ?!


「レオン様、ドラゴンゾンビを倒しといて何言ってんすか! ちなみにドラゴンを相手にするときは木刀は禁止っす!」

「当たり前だ!」


「あっ、レオン様何するんすか!」


 どうもこいつは、色々許せん。

 俺は腹いせにモルトをもふり倒してやることにしたのだった。



 ――――――



「お、お兄様っ!」

「殿方同士で何してるんですの~」

「レオン様、これは一体……」


「え、あ、これは……」

「ひどいっす~」


 モルトと遊んでいて気付かなかったが、いつの間にか俺の控室に、セリスがニーナとイザベルを連れてやって来ていたようだ。

 ……っていうか、いつの間に三人とも仲良しになってたんだ?!


「いやこれ、ち、違うから。勘違いするな、誤解だから」

「レオン様が、無理やり襲ってきたっす~!」


「「「いや~ぁ!!!」」」


 モルト、お前は何てことを!

 三人とも、お願いだから変な想像はやめてくれ~~~!


 ◆


「それにしてもセリスちゃん、かっこよかったですの~」

「抜け駆けしたみたいでごめんね。だってお兄様はずっと私たちとの結婚式を後回しにされるのですもの」


 そう言って俺をにらむセリス。正直少し怖いです。


 俺の控室にはいつの間にか三人のお付きのメイドたちがやってきて、テーブルやイスをセット。真っ白なテーブルクロスがかけられ、いつの間にか生花まで用意されている。お茶やお菓子が手際よく並べられ、殺風景な俺の控室がいつの間にかフェミニンな空間に早変わりしていた。


「お兄様、お約束のこと忘れないでくださいね」


 セリスが俺にせがんだ約束は、三人との結婚式を早急に行うことだった。

 自分のことだけじゃなく、ニーナやイザベルのことも思いやるのは、いかにもセリスらしい。


「お兄様。大観衆の前であんなはしたないことをしてしまった以上、もはや私を貰ってくれる人なんて誰もいません。こうなった以上、早く責任を取っていただきます。でないと、私、私……」


 あの試合にて、セリスが愛用のレイピアを自ら手放し、俺に抱き付いたのは捨て身の戦法と観客の目には映ったと思う。しかし実は、自分の人生を賭けての捨て身の行動だったのだ。


「セリス……」


 セリスをここまでさせたのは、仕事にかまけて結婚式を先延ばしにし続けた俺の責任である。


 唐突に始まったこのお茶会も、その目的は、三人から俺に約束の履行を迫ることのようだ。なんでも三人はあらかじめ相談して作戦を練っていたという。

 どうも俺とセリスとの対戦が決まるや、セリスはニーナと二人でイザベルのもとに向かい、作戦を練っていたらしい。


「お兄様。約束ですよ」

「ニーナもですの~」

「レオン様、これ以上の先延ばしは嫌ですわ」


「……わかった。早急に三人との結婚式を執り行う。モルト、すぐに支度にかかってくれ」


「レオン様、そんなの急すぎるっす! 明日から視察や会議に外遊までびっちりスケジュールが入ってるっすよ~!」


「視察や会議は先延ばしにしても構わんだろう。外遊は新婚旅行を兼ねることにする。カールとドランブイにもすぐに連絡を」

「段取り付けて来たのは、自分っすよ。もう、知らないっす~!」


「お兄様!」

「嬉しいですの~」

「レオン様、ありがとうございます!」


 ◆


 翌月—――


 俺たちは人生の晴れの日を迎えた。


 セリス、ニーナ、そしてイザベル。俺はこの三人を会わせると、とんでもない大爆発でも起こるんじゃないかと心配していたのだが、どうやら思い過ごしだったようだ。


 俺たちの結婚式は、大陸中から要人を招き国中から祝福された一大イベントとなった。

 聞いた話では、大陸史上、最も豪勢なものとして、後世にまで語り続けられる程だとか。


 ブラックベリーの街は人であふれ、急きょ増やしたホテルも満杯。レストランやバーも入りきれない客が列をなしたほどである。その経済効果は凄まじいものがあった。


 俺たちの結婚により、アウル公国では、人間、エルフ、獣人が共に王室に入ったことになる。アウル公国の国是でもある『五族協和』が具体的に示されたことにより、大陸中の信頼を得ることができた。

 こうして、アウル公国はまた一歩新たな歴史を刻むことになるのだった。

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[一言] >段取り付けて来たのは、自分っすよ。もう、知らないっす~! いろいろけしかけた代償を今ここで払うのだ(;'∀')
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