第6章 独立編 第17話 興行
「あ、そうそう、今日はレオン様に大切な話をしに来たんっす~」
イナリずしの桶が空になるのを見計らうように、モルトはようやく本題に入ってくれた。
「こ、こほん。……そういやレオン様、今や我がブラックベリーも絶好調っすね~」
未だに両手にイナリずしをつかんだまま、もふもふ尻尾を揺らすモルト。
何だかまるで天気の話をするような口ぶりである。
「まあな」
「でも、後一息なんすよね~」
わざとらしく両腕を組んで、眉間に皺をよせるモルト。
「確かにそうだが」
我がブラックベリーは、大陸の南部と北部そして大森林とを結ぶ交易の中継点に過ぎず、『ドラゴンソルト』や『ドラゴンミート』といった輸出品や、『ウドン』という名物料理、それに温泉などはあるが、それらは観光客を招いたり、街を訪れる旅人の足を止めてもう一泊しようと思わせる程の魅力はない。
実際、ブラックベリーを訪れる人は右肩上がりなのだが、ウチを目指してやってくる観光客はほとんどいなく、逗留や宿泊する人は相変わらず少ないままだ。
「要するにウチには、人をここに留まらせるような魅力が無いんすよね~」
正直そんなことなど百も承知なのだが。
「ひょっとして何かいい案でもあるのか?」
「それは、レオン様の胸の内にあるっすよ」
「…………」
「まさかな……しかし、いいのか? 俺が楽しんでも」
「ようやく、レオン様の好きなことが思い切りできそうっす! カールトンにも活躍してもらうっす!」
その後、俺は旧領主館(現王城)の執務室にクラーチ家生え抜きの面々を集め、ブラックベリーの成長戦略について協議することにしたのだった。
◆
「……という訳だ。皆どうすればいいと思う?」
俺はモルトの案は隠して、まずは皆の考えを聞くことにした。
「地道に特産物の種類を増やすのがいいでしょうな」
「減税による移住政策に力を入れるべきかと」
「お兄様、美肌効果の温泉をアピールするのはいかがですか」
「人を集めるのは、スイーツ祭りに限りますの~」
ドランブイとカールはあくまで現実路線。セリスとニーナは自分の趣味を盛り込んだ案である。
「みんなありがとう。それぞれ充実させたい案件なのだが……。それとは別に、ウチで確実に何宿泊かしてもらう直接的な案は何かないだろうか」
…………。
「やはりここは、継続的なイベントが必要っすね」
考え込む皆を前に、モルトが初めて口を開いた。もふもふ尻尾を自慢げに揺らしている。
「レオン様、北街で騎士団の練習場として計画している場所を、一万人規模のコロシアムにするのはどうっすか」
確かにあそこなら十分な広さを確保している。実質騎士団の練習場を大規模に改修するだけなので、追加の費用はかなり抑えられる。
「そこを常打ち会場として、毎週、武闘大会や馬のレースをするっす~!」
戦後、帝国や王国内において武闘大会は開催されていない。
大陸中に士官を求める剣士や試合にあぶれたプロの剣闘士が多い中、カード編成はかなり容易に思える。
そして何より、モルトの案ならば、宿泊客を増やしつつ興行を使って我が国の魅力を広めることもできそうだ。
戦後の人たちにとって夢と勇気を与えるには娯楽に限る。
祖父の世界でも、大規模な戦争が行われた後、人々を熱狂させた復興への希望をつないだのは、まさに『プロレス』という何でもありの格闘技の興行だったという。
「それはいいですな」
「さすがは、モルト様です」
「お兄様、モルトの案は、とても素敵です!」
「コロシアム内では、ニーナのスイーツも召し上がっていただきたいですの~♪」
モルトの案に、皆、最初はあっけにとられていたようだが全員賛成のようである。
得意顔のモルトの横で、カールトンだけは何やら申し訳なさそうな顔をしているが。
「決まりだな! コロシアムの落成記念に、豪華メンバーをそろえた武闘大会のトーナメントと騎馬レースを行うことにしよう。今回はコロシアムの入場料を取らないが、レースでは馬券を販売するぞ!」
「はいっす~♪」
俺は、武闘大会と騎馬レースを統括するコミッショナーとしてモルトを指名。もふもふ尻尾を揺らしてやる気満々である。
ニマニマの笑みを隠せない俺と、ひたすら恐縮するカールトン。
「こと、ここに至った以上、覚悟を決めてやるしかないよな!」
「は、はいレオン様」
今後、俺とカールトンはエースとして興行に駆り出されることになるだろう。
「ところでレオン様とカールトンは、ウチの所属選手となられた以上、契約を交わしていただかなければならないっす」
「なんだそれ?!」
「ブラックベリー協会と契約を交わして所属選手となった以上、ハウスホールドをはじめ、他の大会に無断で出場はできないっす」
「なんで?」
「当たり前じゃないっすか! ギャラや条件に魅かれて、ウチの興行ほったらかして余所の大会に出られちゃ目も当てられられないっす」
「そうなのか」
「レオン様も少しは自覚してほしいっす~!」
モルトの説明から類推するに、祖父が転移してきた『二ホン』という国の『プロレス』界に例えると『全日本プロレス』と『新日本プロレス』の関係のようなものなのだろう。
この二つの団体は、契約の関係で、違う団体の選手同士が試合をすることなど許されなかったという。
そして起こるべくして起こったのが、外国人選手に対する引き抜き合戦だったという。
「こうなったら、ウチもハウスホールドと戦争っす~!」
「おい!」
「コミッショナーとして当然っす!」
「頼むから、そこは穏便にしてくれ!」
俺は勝手に興奮するモルトを必死でなだめたのだった。




