第6章 独立編 第16話 新商品
人口も人流もどんどん増えているブラックベリーなのだが、懸念事項もある。
今日もそのことについて、モルトがカールトンを連れて俺の元を訪れることになっているのだ。
実は、当初別の日を予定していたのだが……。
「あ~、その日は自分、所用が入っているので無理っす」
なんていうモルトのせいで今日になったのだ。
あの叙任式の一件以来、モルトはますます図々しくなっているように思うのは、気のせいなのだろうか。
「失礼するっす~♪」
「失礼します」
もふもふ尻尾をご機嫌に振りつつ笑顔のモルトと、相変わらず申し訳なさそうな顔をするカールトン。最近ますます慇懃にみえる。誰かさんとは大違いだ。
巷の噂では、モルトは王族に叙せられたなどと吹聴してまわっているらしい。俺がモルトを身内同然に思っているのは事実だが、これ以上図に乗るようなことがあればいずれ懲らしめてやるつもりだ。
「今からちょうど新作のウドンの試食するところなんだ。お前たちも食べていけよ」
今日の試食は「かけうどん」の熱々のスープを冷やした「冷やしかけうどん」。夏に向けての新作を三バージョン揃えてみた。
油揚げを乗せた「きつねうどん(冷)」、野菜のかき揚げを乗せた「天ぷらうどん(冷)」ドラゴンミートの切り落としを甘辛く煮込んだ「肉うどん(冷)」が俺の前に並んでいる。
「レオン様、本当に大丈夫ですか」
「ご無理しないでください」
「お前たち、いったい誰に何を言っているんだ。俺は若いころ、一人で皿うどんを二十皿以上食ったこともあるくらいなんだぞ。三人前くらい余裕だよ」
「さすがはレオン様です!」
「かっこいいです!」
心配するメイドたちに見栄をはってしまい、量もきっちり商品と同じ一人前ずつを用意されてしまっていたのだった。
この試食に備えて朝食を抜いてきたのだが、一人前を三杯も食べきれるかどうか自信はない。どうしようか……。
「今から出す新商品は、これからの季節にぴったりだと思うんだ。お前たちも好きなものを注文して忌憚ない意見をくれないか」
「おっ! もちろん自分はこれにするっす!」
「では、お言葉に甘えまして、私はこちらのウドンを」
深ぶかとお辞儀をするメイドに、俺はきつねうどんと天ぷらうどんの追加を注文したのだが……振り返ってみると、俺が食する予定のきつねうどんが、なぜかかけうどんになっていた。
「おい、モルト!」
「決めつけはよくないっす」
「薬味のネギを口につけて何言ってんだ! とにかくもったいないからこのかけうどんは、今からお前が食え」
「じ、自分はレオン様の身内同然だから許してもらえるはずっす~」
「あほか! 試食の意味がないだろうが!」
食後、俺は罰としてひとしきりモルトのもふもふ尻尾をモフり倒してやったのは、言うまでもない。
「次に来るきつねうどんは天ぷらうどんと合わせてカールトンに試食してもらうからな」
「レオン様、太っ腹だと思ってたのに、心が狭すぎるっす~」
「私に二杯も食べきれるかどうか」
「心配するな。食べ残しはモルトが責任をもって引き受けるから!」
「何だかそれ、残飯処理みたいで嫌っす~」
こうして俺は合法的に君主の威厳を保つことに成功したのだった。
◆
「自分が悪いんじゃなっす、この油揚げが美味すぎるんす~!」
往生際悪く、よくわからない理屈を叫んでいるモルト。こいつは本当に油揚げが好きだな。甘辛い味付けがいいのだろうか。
しかし味付けだけなら肉うどんも似たようなものなのだが。
俺は獣人向けに肉うどん、エルフには天ぷらうどん……などと考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。
種族間で多少のばらつきはあるものの、獣人族にはモルトに限らずきつねうどんが一番人気の様だ。特に油揚げが人気である。そういやウーゾやバドも決まってきつねうどんを食べてたな。
これは、近く店を出すハウスホールド店はともかく、獣人族の比率が多いユバーラ店では、レギュラーメニューに加えて油揚げの二倍盛りや三倍盛りの商品を出してみるのもいいかも知れない。
「ところで二人とも。うどん以外にも油揚げを使ったこんなメニューを考えているんだが、食べてみないか」
「「おおおっ〜!」」
「これは、一口サイズで食べやすいです。そして、優しい味付けも口の中で広がるようです」
「とにかく、至高! ほっぺが蕩けそうっす~!」
俺が二人に出してみたのは祖父の文献にあった『イナリずし』。
名前の由来は謎だが、うどんに使う油揚げの中に、コメを炊いて味付けしたものを詰めるだけ。基本的にコメ以外のものは新たに用意せずとも出せるため、ウチのうどん店にはうってつけのメニューである。
そうこうするうちに、カールトンのうどんも届き、俺たちは三人でうどんをすすりながら、イナリずしをつまんだのだった。
「うまいっす~♪」
俺はこれを単品だけじゃなく、うどんとセット販売しようかどうか迷っていたのだが、このモルトの食いっぷりを見て、直ちに決断を決めたのだった。
「そういや、お前たち俺に何か用があったんだよな」
「何すか。自分はイナリずしのお替りが欲しいっす」
「いや、まったくです」
俺の言葉も耳に入らないように、二人ともイナリずしを両手でつかみ、夢中で食べ続けていたのだった。




