第6章 独立編 第13話 爵位
「失礼するっす~」
「お、モルトか、遠慮はいらねえぞ」
「レオン様から、騎士団の追加募集っす。あ、これ美味いから食べて欲しいっす」
「お、いつもすまんな。まあ、座ってくれ。今お茶を淹れるから」
「それにしても、アウル公国は景気がいいな。王都なんか目じゃねえぜ。そんなとこに突っ立ってねえで、まあ座れよ」
ギルドの応接室に、もふもふ尻尾を振り振りしながらモルトがやって来た。
執務中のウーゾとバドは手を止めてソファーをすすめたのだが、モルトは手土産のお団子ドーナツを手渡した後も、何か言いたげである。
「何だか、やけに景気がよさそうな顔だな。他にも何かいい話でもあるのか?」
「えへへ……」
「もったいぶらずに早く話せよ! どうせ、めでたい話なんだろうが」
「それが、我がアウル公国にも爵位が新設されるそうっす~♪」
「ほう」
「ひゅ~っ♪」
「自分の場合、これまでの功績を考えると侯爵は固いと踏んでいるっす♪」
「確かにな……こりゃ、いよいよモルトと軽口がきけなくなるかもな」
「大貴族になっても、これまで通り付き合ってくれな」
「当たり前っす! 自分はどれだけ出世しても、二人との付き合いは変わんないっすよ♪」
「お、おう感謝するぜ!」
「さすがは、モルトだ。親父さんもさぞかし喜ぶだろうぜ」
「もちろん、爵位の授与式には来賓として来てもらうっす~♪」
◆
出来たばかりのアウル公国には、潤沢な資金があるわけではないのだが、俺としては、これまで頑張ってくれた家臣たちに形だけでも報いてやりたい。
爵位を与えたところで、手当がつくわけでもなく、皆の日々の生活は変わらないだろうが、他国へ行けば相応の礼をもって遇されるはず。
領地や給金を与えてやることはできないが、せめて名誉だけでも与えたい。
そう考えた俺は、爵位授与式を大々的に執り行うことにした。
が、問題は誰にどの爵位を与えるかである。
このようなことはうかつに家臣に相談するわけにもいかないし。
おかげで俺は何日も頭を悩ませ、二日徹夜で授与式当日を迎えたのだが……。
◆
「レオン様、いくら何でもひどすぎるっす~!」
アウル公国建国以来初の爵位授与式が終わった途端、泣きながら執務室に駆け込んでくるモルト。いつにも増して怒りと悲壮感を滲ませている。
「レオン様、今日という今日は、言わせてほしいっす! 何で自分が授爵されなかったのか、自分にはさっぱり理解できないっす!」
「今日という今日は」って。確かにモルトには、爵位を与えなかったのだが……。
もふもふ尻尾だけでなく、全身の毛を逆立てて、涙目で俺をにらむモルト。
「ドランブイやカールはともかくとして、大失敗したカールトンまで爵位をもらってるのに、何で自分には何もないんすか!」
俺の中では、モルトとセリスは特別なので、爵位のことは考えていなかった。
血は繋がっていないとはいえ、義理の妹であるセリスと、幼いころから共に育ってきたモルトは一番近しい身内。爵位なんかより王族の一員と考えていたのである。
「こんなことなら、自分、クラーチ家を辞めたいっす!」
お、おい! いや、それ誤解だからね。
「ウーゾやバドなんて、自分のことを可愛そうな子を見るような目で見てたっす」
いや流石にそこまでのことはないだろう。お前自意識過剰すぎやしないか?
「自分の晴れ舞台を見てもらおうと王都から呼び寄せた父上なんて、ショックで倒れたっす! 一体、どうしてくれるんすか!」
……確かに、それはそこは気の毒な話だが、大体お前、なんて言ってわざわざ王都から高齢の父親を呼び寄せたんだ?
「実は、モルト、それはこういう訳なんだ……」
――――――
「れ、レオン様~! 自分は一生、レオン様について行くっす~!」
「こ、こら、恥ずかしいだろうがっ!」
「大好きっす~♡」
さっきの悔し涙から一転、今度はうれし涙を盛大に流しながら抱き着いて来るモルト。もふもふ尻尾をちぎれんばかりにぶんぶん振っている。
「お兄様!、大丈夫ですか!」
「レオン様、いかかなされましたの~?」
おい! モルトが大声を出して騒いだせいで、無関係な者まで来てしまっただろうが!
「お、お兄様……」
「レオン様……」
「…………」
泣きながら俺に抱き着くモルトを見てドン引きしているセリスとニーナ。
これ、違うからな!
二人とも、お願いだから、変な想像しないでくれ!
◆
「あああ……レオン様~!」
「いけませんわ、そんなこと……」
「私たちは、まだ式も挙げてないのですから~」
「い、イザベル様……」
ハウスホールドの王宮では、イザベルがいつものようにお気に入りのクマのぬいぐるみ『レオン君』相手に、あらぬ妄想しまくり。
イザベルは、今日もまたハウスホールド王姫の自室から鳴り響く尋常ならざる声を耳にして、慌てて部屋に駆けつけた新人メイドたちに、相変わらずドン引きされていたのであった。




