第6章 独立編 第9話 募集
ブラックベリーの街が膨張を続けている以上、街の健全な発展のため懸念されるのは、治安と防衛。
しかもアウル公国は、その領内にアウル砂漠と大森林という危険区域を抱えている。
俺は街の治安維持に加え、これらの危険地帯の任務にも対応できるような、アウル騎士団を作ることにした。
「やっぱウチもそろそろ自前の騎士団を持つべきっす~」
「そうだな」
「いつまでもハウスホールドのお世話になるのも何だか……」
「ん?」
「第一騎士団の団長とか、生意気すぎで自分は嫌いっす~!」
「そこか!」
モルトの個人的な気持ちはさておき、俺はギルドに募集を出すことにしたのだった。
◆
この騎士団を創設するにあたり、まず第一に幹部となりえる優秀な人材の確保が何よりも優先される。
最初に採用募集をかけるのは、幹部候補生。彼らには、騎士団の運営から一般団員の訓練まで、出来るところは全て任せたいと思っている。もちろん全権は任せるが、責任は俺が持つ。これは祖父が騎士団長時代、全権を副団長に任せつつ、何か問題があれば責任は自らが引き受けていたことにならっている。
要するに特にウチの騎士団は、初代騎士団長の質がその後の在り方を左右すると言っても過言ではない。それだけに慎重な人選が必要なのだ。
◆
「おい、例のやつ……こいつの募集状況は、どうなってるんだ」
「それがですがね……」
ギルドの二階奥にある執務室では、一枚の書類を前にギルド長のウーゾが渋い顔。
向かいに座るバドも腕組みをしている。
モルトから直々に届けられた、求人の申し込みなのだが、これだけの好条件にもかかわらず、応募者が一人もいないのだ。
「実は、さっきもモルトが来てな。レオン様から、早くしろと催促されているんだと」
「しかし、いくらレオン様にせかされたってこればっかりは……」
「あと、二、三日待って募集が来なけりゃ、俺が直接声を掛けに行くさ」
ウーゾとバドが頭を抱えるこの求人票にはこのように書かれてあったのだった。
その一、この幹部候補生の試験に合格すれば、アウル公国初代騎士団長もしくは副騎士団長の候補生としてを約束する。
その二、報酬は、幹部候補生の段階で、月百万アールを支給する。昇給あり。危険手当あり。
その三、採用試験の内容は、一次試験は体力試験。二次試験は実技と面接で行う。
その四、…………。
「やっぱこの条件が厳しいですね」
バドの指さす先には、付けられた付帯条件が記されていた。
「確かに、この最後の一文がな」
「こんな条件呑める奴なんて、大陸中探してもいないんじゃないですか」
「全くだ」
そこには、こんな一文が書かれていたのだ。
“【注意事項】実技試験は、レオン=クラーチとの真剣での立ち合いである。”
◆
「ちょっと、マダル様これをご覧ください」
「何だ、何だ、そんなに慌てて」
「それが、アウル公国初代騎士団の幹部募集だそうです!」
「こんなチャンスめったにないですよ」
「そうです!」
帝国軍を離れてしばらく経つ。
王都で隠れるように住んでいた頃は軍人になど、二度と戻るものかと思っていた。それほどブラックベリーは居心地がいい。
しかし、満足しているにもかかわらず、いつしか夜中ひとりで、剣を振うようになっていた。しかも、そのことは、ここにいる元部下たちにもれなくばれている……。
「マダル様、ち、ちょっと待ってください、この注意事項って……」
「……!」
「これはさすがに、やばいです!」
「ドラゴンキラーの英雄と真剣でやりあうなんて、命がいくらあっても足りませんや!」
アウル公国君主のレオン=クラーチと言えば、言わずと知れた大陸屈指の剣豪。
かつて王都のコロシアムの大会で優勝。その後、大陸一の剣聖とまで言われた、シーク=モンドを追い詰めた剣豪。そのことは剣を志す者だけでなく、大陸中に鳴り響いている。
しかも、ハウスホールドの武闘大会では、決勝で現在ハウスホールド第一騎士団の団長を務めるパンデレッタに敗れたものの、初太刀を外されたことによる棄権だったというのが専らの噂だ。
先の大戦では、パンデレッタはハウスホールド第一騎士団を率いてブラックベリーに入城。獅子奮迅の働きにて、わずか一万の手勢にて、四十万の帝国軍の攻撃を防いだ。
この話を聞いた多くの人々が思ったのだ。
「レオン様は、将来有望なパンダレッタに“箔”を付けるため、勝ちを譲ったに違いない」と……。
極め付けが、ブラックベリーの北門付近に召喚された、ドラゴンゾンビ『ブルーノ』との対決。
かつて、『ブルーノ』が大森林『竜の庭』に蟠踞していたため、大陸は長らく南北の行き来が閉ざされていた。
それ程のドラゴンが、ゾンビとして召喚されたにもかかわらず、一刀の元に切り捨てたレオンは『ドラゴンキラー』と呼ばれるまでになっているのである。
アウル公国初代騎士団幹部の条件は、そんな者と、真剣で立ち会うこと。
正直、命がいくらあっても足りない。
「マダル様!」
「もしや」
「お待ちください!」
「命がいくらあっても足りませぬぞ!」
元部下の制止を振り切り、掲示板の張り紙を剥ぎ取るや、マダルは大股でカウンターに向かったのだった。




