第1章 王都追放編 第16話 舞踏会
「レオン様、ばっちりっすよ!」
俺は今、生まれて初めて舞踏会が行われるパーティー会場とやらに足を踏み入れている。
コーディネートはモルトに一任。俺はこの世界の一般常識だけでなく、ファッションセンスすらないことも自覚している。
そう。俺はそこらの単なる非常識な人間ではない。何故なら自らが非常識であることを自覚している。祖父によると『無知の知』というものだそうだ。
つまり……今、俺が着ているやけに光沢がある生地でできた黒っぽい服にしても、モルトによればばっちりだそうだが、俺には何がいいのやらさっぱりわからないでいる。
◆
ここは、王宮内で最も由緒ある大広間。何でも何代か前の国王が、この王宮を建立した際に特別に作らせた場所だそうだ。
しかも先王の遺言により、この場所の使用は王の勅命でない限り許可されない王国で最も格式高い場所なのだそうだ。
「レオン様、こんなこと常識っすよ」
モルトによれば知ってて当然のことらしいが、俺からすれば古くて大きくて豪華な部屋というだけの認識である。
なぜ一介の公爵の娘の誕生祝いのパーティーに、こんな場所が使われているのか。そして、なぜ俺が主賓扱いで招待されているのかは相変わらず謎だ。
ホールでは、色とりどりのドレスに身を包んだ貴族の令嬢や、彼女たちを優雅にエスコートする令息たちが行き交っている。
いかん……目がちかちかしてきた。
貴族の子女が通う王立の貴族学院になんて通ったことのない俺には、同年代の友だちどころか知り合いすらいない。唯一知っているのは、コロシアムの大会で対戦した相手くらいか。ちなみに全員が敵でした。
そういや俺の目の前の奴はどこぞの貴族の令嬢と親しげに会話しながら、さっきから俺の方をちら見やっている。
あれ? あいつは確かコロシアムで最初に対戦した相手か。
胸元に、ちらりと包帯がのぞいているのでそれは間違いない。俺は自分の太刀筋だけは、しっかりと覚えているのだ。それにしても、こんな場にまで、敵意を持ち込んで欲しくないものだ。
さっきから弱弱しい殺気が届いているのだが、つまり俺とは仲良くしたくないということなのだろう。
ただ、あの古い甲冑を、オークションでありえないような高値で落札してくれたことだけは感謝しているが。
主賓にもかかわらず、パーティー会場で、飲み物を片手に、壁の花になっている俺。入室してすぐに、メイドから手渡されたシャンパンは、とっくに泡が抜けている。
立食パーティーの形式なので、モルトは俺から離れて料理を夢中で食べているが、俺にはそんな食欲もない。
なるほど最高級の料理が並んでいたのだが、俺はすぐに興味を失ってしまったのだ。
どうして全ての料理に砂糖が大量にかけられているんだ! いくら公爵家の財力を見せつけるためとはいえ、ステーキや白身魚のソテーにまでかけんじゃねえ。
あの大皿なんて、白身魚の塩釜焼きかと思ったら、白いのは砂糖のようだ。甘ったるそうなホワイトソースがかかったサラダやスープも食べる気がしない。
クラーチ家は料理も祖父が好む異世界風の味付けだった。その中で育ってきた俺としては、屋台の串焼きの方がましである。
“ウッ”何だか見ているだけで気持ち悪くなってきた。
そんな、やる気のない俺なのだが、何やら特に身なりの好い年配の貴族たちから、じろじろ見られているような気がする。
そして居心地の悪い俺は、料理に一口も口を付けることなく、モルトに帰宅するタイミングについて相談を持ちかけていた。
「おい、モルト。そろそろいいか?」
「え? なんすか?」
「いや、だからその……俺、も、もう、帰りたいんだが……」
「はあ? 何言ってんすか、これからっすよ!」
「何がこれからなんだ?」
俺の言葉にモルトは、こめかみを押さえて小さく首を振る。
一々、芝居がかったしぐさをしやがって……俺は、お前の主人として少し腹立たしいぞ!
「いいっすか、このパーティーの主賓はレオン様っすよ! 主賓がいないパーティーなんて……」
「炭酸の抜けたエールみたいなものか?」
「それどころか、アルコールの入っていないお酒みたいなもんっすよ!」
俺は仕方なく、もう少し残ることにした。
全く……時間がもったいないとしか言いようがないが、モルトが承知してくれないので仕方がない。
そしてこの後、しばらくして俺はモルトの引きつった言葉を聞くことになったのだった。
「れ、レオン様、やばいっす!」
ざわつきだした室内。流石の俺も、モルトの言葉に加えその雰囲気を感じ前を見遣った。
そして、その先には問題の人物が静かに微笑んでいたのだった。




