第6章 独立編 第5話 活況
即位式を経てブラックベリーの街は、かつてない活況に沸いてた。
何しろ、ウチの特産品に対して各国からの問い合わせがひっきりなしに来ているのだ。
ブランド化をすすめているドラゴンソルトに加え、ドラゴンミートいや、生きたままのラプトルの需要も多い。
生命力の強いラプトルは、生きたまま長距離の輸送に耐えられる上、その骨や皮は、様々に加工され、貴族の装飾品へと生まれ変わる。「ドラゴンに捨てるところなし」とはよく言ったものだ。
このような状況に輪をかけたのが、ブラックベリーと王都を結ぶ定期便の存在である。
インスペリアルの水陸両用戦艦『アウル』の技術を生かした客船が、アウル砂漠を縦断して王都~ブラックベリー間を就航が始まった。
最初は『アウル』を定期便として使っていたのだが、すぐに砂漠専用客船『アウルⅡ』、そして貨物船の『アウルⅢ』が開発され、すぐに就航されたのだった。
インスぺリアル領の東トーチ砦が大規模な落石事故で塞がれ、インスぺリアルと王国の間が閉じられたままである以上、大陸の南北を繋ぐのは、王都とブラックベリーを繋ぐ『アウルⅡ』の路線のみ。
これまで通行が不可能とされてきたアウル砂漠に交通網が敷かれることにより、ブラックベリーは瞬く間に大陸の南北を繋ぐ要衝へ。
こうして、大陸を南北に移動する人とモノは、ブラックベリーに集まっていったのである。
◆
「レオン殿、今日はいい話を持って来たぞ」
領主館の執務室で、俺はキールと二人で今後の方針について話し合っていた。
「ほれほれ、どうじゃ、どうじゃ、これはいいであろうが♪」
今日はいつにも増して、キール様がグイグイ来ている。とはいっても山エルフの正装は最近はご無沙汰、露出を押えた上品なドレスを着こなしている。
前のめりなのは、あくまで商売の方。そ、そこのあなた、勘違いしないように!
「『アウルⅡ』は、来月にはさらに何隻か竣工予定じゃ。これは、たまらんの~♪」
「は、はい~」
これ以上忙しくなりそうな雰囲気に引き気味な俺なのだが、キールはそんな俺の内心など知ったことではない様子。
実は、戦後、大陸の南北間の流通が活発になったことについて、美味しい思いをしているのは何もブラックベリーだけではない。
この砂漠を渡る定期便の運用は、何から何までインスぺリアルの独占なのである。
もちろん、これは俺がキールに丸投げした結果ともいえるのだが。
キールによれば船の製造にはかなりの費用が掛かると思うのだが、それらはすぐに回収できるという。
「なあに、カルア海の大型船を改修すればすむことじゃ。元などすぐに取れるしレオン殿がしんぱいすることでもないぞ」
砂漠を渡る船は、運賃だけでなく、途中仕掛けられた罠にかかった赤サソリや青サソリの水揚げ量も増えているという。
カルア海の水運に加え、広大なアウル砂漠の流通を握ることにより、インスぺリアルには、多額のアールが流れ込んでいるようなのだ。
「キール様も無理しなくてもいいですよ。今の朝昼一日二便でも、ありがたいですのに」
「それがの。今でも人も荷物も多すぎてとても載せきれんのじゃ。かと言って、運賃もあげたくないしの。今後ますますアウル砂漠を渡る物流の需要は増えよう」
「我々《アウル公国》としては嬉しいことですが」
「うむ。遠慮などすることないぞ。あと儂のことはキールでいいと言っておろうが」
「ですが……。領地の復興の方は、本当にいいのですか」
インスぺリアル領は先の大戦からの復興のため大忙しだと思うのだが、それらを後回しにしてまで、船の生産に力を入れてくれている。
いくら儲かるからと言って、さすがに順序が違うのでは?
心配そうな俺の言葉に、腕組みをするキール。
キールはこのところ、俺の前では山エルフの『正装』をすることもなくなっており、今日も、露出を抑えたドレスに身を包んでる。
俺としては、助かる半面、何だか少し寂しいような複雑な気分だ。
「インスぺリアル領は、色々あっての。民の中には、このままハウスホールドにいたいという者まで出て来ておるのじゃ」
「そうなのですか」
「何しろ我ら山エルフは女系民族。インスぺリアルには男がほとんどおらんしの。大体、元々我らはひとつだったのじゃし……」
インスぺリアル領の起源は、ハウスホールドで職能集団として名高いキールの先祖にあたるインスぺリアル一族が、王家と対立したことに端を発する。
そして、それまで空白地だった今のインスぺリアル地方に一族ごと移住したのだとか。その後、自分たちのことを、それまで通称だった山エルフと正式に名乗り、半独立国としてハウスホールドに自治権を認めさせたという。
「それもこれも、遠い昔のことじゃ。そろそろ、元の鞘に収まる潮時かも知れぬの」
「キール様……」
遠い目をするキール。おそらく俺も知らない大人の事情が色々とあるのだろう。
ただ、寂しそうな雰囲気は感じられず、それどころか頬をわずかに赤らめているように見える。
もちろん、俺の気のせいかも知れないのだが。
“コンコンコン”
「失礼するっす~」
俺が口を開きかけたとき、執務室のドアがノックされたと思うと、返事を待たずにもふもふ尻尾を揺らしつつ、モルトが飛び込んできたのだった。




