第6章 独立編 第1話 新世界秩序
大陸を南北に二分した歴史的な大戦は終わった。
皇帝を失ったカサティーク帝国軍は、四十万近くの将兵が捕虜となり、ハウスホールド領内に預けられ、大陸統一の野望が完膚なきまでに挫かれた帝国は、この度の敗戦によりカサティーク領と名を改め、南部諸国連合の保護国になった。
そして、広大な領土を統べる初代執政官には、帝国に自ら人質として出向いていたリチャード=ヘネシーが就任することとなったのだった。
何といっても旧帝国領は、大陸の半分近い広大な土地であり、元は多くの小国だった。
ここを治めることのできる者は、リチャード王しかないというのが南部諸国の見解であり、また衆目の一致するところでもあった。
にもかかわらず、王国の宮廷内からは異論が噴出。この声をまたしても抑えたのがリチャードだった。
彼は忙しい業務の間を縫って王国に出向き、並み居る大貴族を前にカサティーク領の執政官就任の宣言と次期国王の指名を行った。
これにはさすがの大貴族たちも、面と向かって異議を唱える者など誰もいなかった。
そして、リチャード王の指名により、国王代理を務めていた元国王の実弟、グレン=ヘネシー公爵が王位に就いた。
¬
一方、俺はアウル領の王国からの独立を宣言。
大陸諸国からはすぐに了承を認める書簡が寄せられ、アウル公国を名乗った。
恥ずかしながら、先の大戦でアウル領は王国から切り捨てられていたため、自分たちの手でつかみ取った独立ではないが、とにもかくにも、俺は元辺境伯としてアウル公国を建国したのである。
その国土は、アウル砂漠全域とカルア海の北部沿岸部という元アウル辺境伯領に加え、空白地帯だった大森林も領有することになった。
元々、大森林の入り口付近は領有を認められていたのだが、ダメもとで領有権を主張してみたところ、国際的にあっさりと認められてしまったのだ。
こうして、我がアウル公国は、いつの間にか大陸一の領土を持つ大国になったのである。
◆
「レオン様、お茶が入りましたの。どうぞ、召し上がってくださいまし~」
「皆様も、どうぞ」
ちょうど、即位式の最終打ち合わせを終えたばかりの執務室に、ニーナとセリスがやって来た。
元々料理好きで世話好きなニーナはともかく、利き腕を痛めてからというもの、セリスも何かに目覚めたようにニーナと一緒に料理したりお茶を入れたりするようになっている。まるで仲の良い姉妹のようだ。
俺は、お茶の香りをゆっくりと味わいながら、今の状況を心の中で反芻する。
(しかし、今更だが、大森林を丸ごともらって本当にいいのか?)
「我らは先の大戦で帝国に勝ったにもかかわらず、帝国領を少しももらっておりません。空白地の領有など当然の権利かと」
笑顔で頷くカールの向こうでは、揉み手のドランブイともふもふ尻尾を揺らすモルト。皆何だか嬉しそうだ。
「本来なら、帝国領をいくらか頂いても良かったのですが」
カールによれば、帝国は賠償金に加えて領土を削られてしかるべきらしいのだが、この大戦では、領土の割譲は行われなかった。
俺としては飛び地を貰っても治めるのが面倒なので断ったに過ぎない。
大戦で戦功をあげた上、インスぺリアル領を除けば南部諸国で一番帝国領に近いアウル公国が領土の割譲を要求しなかったことから、他の国も遠慮したということだ。
「レオン様は何といってもこの度の大戦の英雄。お望みならば、もっと賠償金の上積みもできましたぞ」
「その通りっす~♪」
しかし、モルトよ。お前は戦後交渉の仕事をしたわけじゃあるまいに、何で一番のドヤ顔で、もふもふ尻尾を揺らしてんだ?
「とにかく、そこまでするのは悪いって」
「レオン様、相手は悪人っすよ! しかも最後は、ドラゴンゾンビの召喚までした連中っす。あんな連中に情けなんて禁物っす!」
「……まあ、そうれはそうだけどな」
何しろ賠償金は、帝国の国庫を空にするだけでは到底足らず、王族を含めた全ての貴族家を全財産没収の上、全員平民にすることによってようやく賄われたそうだ。
「何しろあれだけの大量の捕虜がいたのですからな。帝国が払えないというなら、不足分は奴隷にすれば手っ取り早く回収できたのですが……おっと、これは失礼いたしました」
ギロリと睨む俺の視線に気付き、慌てて口を押えるドランブイ。
俺はせっかくの独立するにあたり、奴隷制度を禁止してみようと思っている。俺が育ったクラーチ家には、王都の貴族家には珍しく奴隷はいなかった。
アウル公国はあくまで王国の法を基準としながらも、そこにクラーチ家の考え方を取り入れていきたいと思っている。
ただし、散々王都で変人呼ばわりされたクラーチ家なだけに、慎重にいかないとマズイかも知れない。少しずつ小出しにしていくつもりだ。
本来、好きな剣術と読書を楽しみながら、自由にのんびりと暮らしたかった俺ではあるが、戦争を経験したことで、心の中に変化が生まれようとしていた。
あるいは、どうも最近、同じ夢ばかり見るようになったせいかもしれない。
それは、こんな夢なのだ……。




