第5章 争乱編 第50話 秘め事
(前回の続き)
「もう、やはりここは、若い二人に任せるしかないの♡」
「そうっすね。お邪魔虫の自分らは退散するっす~♪」
「お、おい……!」
「それでは、二人ともしっかりの」
「領主館の仕事は片付いたんで、自分は、街の見回りしてからお邪魔するっす~♪」
「い、いや、キール様……。モルトもう少しここに居てもいいんだぞ……」
「…………」
そういう訳で、俺はイザベルと二人、病室に残されたのだった……。
(引用ここまで)
――――――
「レオン様……」
窓から微かに吹き込む風に乗って、さっきから甘い香りが静かに広がっている。
俺の枕元に佇むイザベルは、一言そう言ったきり動かない。
もちろん俺にいたっては、ケガで動かせないということもあるが、緊張して動けない。
目の前には、かつては『王国の天使』とまで言われた、美しきハウスホールドの王姫。しかも、純白の超ミニのドレス姿で、恥じらいで顔を赤らめるイザベルが、両の瞳を閏わせて枕元で佇んでいるのだ。
この状況で、ぼっちの俺に一体どうしろと……。
目の前のイザベルは……正直言って、可愛い過ぎ。
しかも、キールとモルトが変に気を遣ったせいで、この部屋の空気が、すっかり固まってしまっているのだが。
何が「若い二人に任せる」「お邪魔虫」だ。二人とも人の気も知らないで!
「あ、のな……イザベル」
「は、い……」
いたたまれなくなって、思わず声をかけたのだが、後が続かない。
イザベルは、不安そうにふるふるしてるし。
「あ……」
「はい……」
「い、いや何でもない」
「はい……」
俺とイザベルは、さっきから、互いに目が合うたび、逸らし続けているのである。
一体、どうすりゃいいんだ。
――――――
そうするうちに、いつの間にか辺りが暗くなってきた。
俺は、背中一面に痺れるような痛みが残っており、満足に体が動かせないのだが、少しは身じろぎしたい。
同じ体勢を続けていては、床ずれができそうだし。
今まで、微妙に左右に体をよじっていたのだが、思い切って体を起こしてみることにした。
「うん……っしょ……」
「レオン様、大丈夫ですか」
「痛てっ」
「あっ、レオン様!」
「大丈夫……だよ」
「ご無理なさらないでください」
「ははは……」
身体を起こそうとする俺に、慌てて手を差し伸べるイザベル。
あまりにも心配そうな顔をするので、俺は無理やり笑顔を作ったのだった。
……ん?
目の前に、ひときわ甘い香りが広がったと思うと、イザベルの顔が近づいた。
え?
イザベルは俺の目の前で静止したまま、目を閉じて動かない。
…………わかった。
ここまで覚悟を示されて、動かなきゃ男じゃない。さすがのボッチの俺でもわかる。
そうだよ。
俺は舞踏会で、ひと目見たときから、イザベルに一目ぼれしていた。
ただ。あまりの美しさに、自分からはどうしても踏み込めなかった。
よくよく考えれば、今まで俺は、そんな自分の意気地の無さを、様々な言い訳で隠そうとしていただけだったように思う。
我ながら、ホント情けない。
しかし、今は……。
イザベルにばれないように、静かに深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
そして……。
「……ちゅっ」
この日、俺たちは生まれて初めて、唇を合わせたのだった。
◆
部屋の向こうでは、キールとモルト、そして、いつの間に駆けつけたのか、マリーの姿まであった。
三人とも、ドアにダンボの耳を当てている。
「やったか?」
「はい。確かに」
ニヤニヤ顔のキールに対して、伊達メガネの縁をクイッとあげるマリー。
モルトはもふもふ尻尾を満足気に揺らしている。
「どうやら無事、くっついたようっすね」
「キール様は、これでよろしかったのですか?」
「何がじゃ?」
「まさか、キール様は、ニーナ様のお気持ちに気付かれておられぬことなど、無いと思うのですが……」
「ふ…、ふははは!」
「?」
「なーに、ニーナのことは、ちゃんと考えておるわ!」
「これは出過ぎたことを。申しわけございませんでした」
「ニーナは儂の可愛い娘ぞ。我が子の幸せを望まぬ親などいまいて」
首を傾げるマリーに対し、腰に手をやり得意顔で仁王立ちするキール。
「この度、独立した『アウル公国』は、大陸史上類を見ない経緯で独立したのじゃ。『アウル公国』は、極めて特殊な国じゃと言える」
「は、はい……」
「じゃから、そんな特殊な国なら、当然その国の風習も特殊であるのが自然……。とまでは言えんにしても、多少“ハメ”を外していても構わんじゃろうて」
「どういうことでしょうか」
「簡単な事じゃ。つまりは、こうすればいいと思うがの…………」
「な、何と……」
「さすがは、キール様! これで、全て丸く収まるっす~♪」
「これ、声が大きい! 二人に聞こえたらどうするのじゃ」
「大丈夫っす。レオン様は鈍感男子っすから」
「イザベル様も、ご自分の世界に入ってしまわれていることでしょう。ご心配は無用かと」
◆
「お、お姉様……」
「き、キール様……」
「しかも、マリーまで!」
「モルトの奴、いつの間に!」
その頃、俺とイザベルは、ドア越しにだだ漏れに聞こえてくるキールたちの会話に、怒りで拳を震わせていたのだった。




