第1章 王都追放編 第15話 招待状
「おい。一体、な、何なんだこれは……」
書簡を開き、ぷるぷると両手をふるわせる俺。
な、何だこれ……。い、意味わからん。俺の頭の中は混乱の極みにあるのだが、そんな俺の姿を一瞥し、軽くため息をつく我が執事。
「どこからどう見ても、舞踏会の招待状っすね」
「い、いや、それは分かっているんだが……な、なぜ、こんなものが俺の所に届いているんだ?」
俺がそう言うと、モルトは狐人族の特徴であるふさふさの尻尾をゆさゆさ振り、少し胸を張ってこう答えた。
「まあ、先日の御前試合のおかげっしょ!」
何だか、モルトは自慢げな態度に見える。それが証拠に、もふもふ尻尾が褒めて欲しそうにゆらゆら揺れている。
後で聞いて思い切り後悔したのだが、あの大会は腕に覚えのある貴族の子息たちが出場するいわゆる婚活・就活イベントだったそうだ。
かっこよく勝ち進めば、貴族の御令嬢の覚えもめでたいという。俺にとってはどうでもいいことなのだが……。
モルトによれば、この招待状は俺がこの舞踏会の主催者である公爵家の令嬢から気に入られている証拠だそうだ。間違いないらしい。
俺にとっては迷惑極まりない話だがな!
俺は、自分の人生において貴族の社交ほど時間の無駄は無いと常々思っている。そんな暇があるなら素振りか書庫にでもこもっていた方がましだ。
剣術は胸の痛みが取れていない以上、今はまだ無理をするつもりはないが、その分読書三昧もいいかもしれない。何しろうちの書庫には、まだ読んでない異世界の本が沢山あるのだから。
この世界のものも合わせればどれだけの蔵書数なのだろう。思い切り本に埋もれて活字の海で泳ぎたいなどと思う俺なのだ。
大体あの大会は、俺が長らく人を相手にして剣術の稽古をしていなかったため、気まぐれで出場しただけに過ぎない。
というか、たまには対人戦の練習もしたいという俺に、これを勧めたのはお前だったよな、モルト!
俺はこの国の貴族の婦女子に興味など全く持っていないので、舞踏会の招待状など邪魔なだけだ。はっきり言って迷惑にも程がある。
「まあ、これも自分のおかげっすね」
お前は、さっきからさも自慢げに胸を張っているが、これは断じて手柄なんかじゃないからな! 俺は一般庶民のように恋愛結婚して、ラブラブな新婚生活を送りたいのだぞ! 結婚とか婚約よりも、まずは彼女が欲しいといつも言っているだろうが!
「全く、レオン様らしくもなかったっすよね。いつもは、いかに目立たないかばかり考えておられるのに」
モルトが言うように、俺は貴族社会の中で極力目立つのを避けてきた。しかし、この前の大会は、少し勝手が違ってしまったようだ。
最高師範とやらには、あっさりとやられたが、どうやら俺の負けっぷりが良かったそうで、かえって目立ってしまった。自分としては複雑な気持ちである。その結果が、この招待状なのかもしれない。
◆
あのとき折られたあばら骨のあたりに、まだ痛みは残っている。
幸いというか、これはシークとかいう最高師範の技量のおかげだろう。複雑骨折ではなく、綺麗にポキリと折ってくれたおかげで治りも早そうだ。
あの試合では、目つぶしをもらって初手を躱された上に、体勢まで崩された。そこにカウンターをもろにくらって、あのざまである。情けない。悔しいが、彼は俺より何枚も上の実力の持ち主だった。
自分としては、負けた悔しさよりも課題が見えたことで、手ごたえの方が大きい。怪我が完治し次第、すぐにでも剣を振りたくてうずうずしているくらいである。
人を相手にするのは、かつて祖父と立ち会ったとき以来である。あのときは、一瞬のうちに気を失ったものだから、正直あまり記憶がない。
確かに、試合に出場して相手と立ち会えたことは、久々に実戦の感触がつかめていい経験になった。俺は満足しているし、ここまではモルトの手柄なのだが……。
この招待状は、お前の手柄では断じてないぞ、モルト!
「でも、レオン様……」
「何だ?」
「実力差が明らかな者同士の対戦は、皆さん寸止めでしたよね」
「何が言いたいんだ?」
「あの大会で、あんな風に相手を吹っ飛ばしたり、吹っ飛ばされたりしてたのは、レオン様だけだったっすよ」
「……」
「大体、殿下にも、お怪我させたんじゃないっすか」
「お前なあ、剣術を何だと思ってるんだ」
俺からすれば、一度剣を握り相手の前に立てば、大けがどころか、最悪自分が死ぬ覚悟、そして相手を死なせてしまう覚悟をするのは当たり前のこと。これは、我がクラーチ家のモットーでもある。
そんな俺にあきれ顔のモルト。
「もっと、大人になってくださいよ……。少しは世の中の常識を身に付けていただかないと、困るのはこっちっすからね」
「お、俺の方が正しいと思うんだが……」
そんな俺に、あきれ顔のモルト。
「殿下には、レオン様の名前でお見舞いとお詫びの品を送っておいたっすよ。全く世話がやけるっす。いい加減にして欲しいっす」
モルトは、やれやれといような顔で小さく顔と尻尾を振った。
こいつ、執事のくせにやけに偉そうだと思うのは、俺の気のせいだろうか。仕事は、出来るのだけどね……。
それにしても、この招待状にはどこか引っかかるものがある。
たかが個人の私的な誕生日のパーティーだと思うのだが、いくら公爵家の御令嬢とはいえ、主催者が国とはどういうことだ? 何故に俺が主賓? 場所も場所だし。
何だか、面倒なことに巻き込まれそうな予感がする。
「まあ、少し不審な点もありますが、そりゃ行かないといけませんね。レオン様も一応伯爵様なんすっから」
「正直、気が乗らない」
「何言ってんすか。自分がついて行きますんで、大船に乗ったつもりでいてくださいよ」
「行きたくないものは、行きたくないんだ」
「何、わがまま言ってんすか、レオン様は主賓っすよ!」
「だってなあ……」
「大丈夫ですって! 頑張りましょう!」
……。
何だか、モルトから言いくるめられたような気がする。
「ふう……仕方ないか」
このときの判断が、俺の人生において大きな分かれ道となることなど思いもしなかったのだった。




