第5章 争乱編 第46話 終戦①
「う、う……う~ん」
目が覚めると、俺は領主館の自分の寝室に寝かされていた。
頭がぼおっとする。背中が痺れ、全身が痛い。
恐らく、何日も気を失っていたことだろう。
思うように体が動かない。
「……つっ」
ゆっくりと指先、そして腕を動かしてみる。
痛みはあるが何とか動かせそうだ。
そして体幹、脚、首と、自分の体をひとつひとつ確認しながら動かしていった。
「ふーっ……」
……良かった。
どうやら俺は、全身打撲と重度の筋肉痛だけで済んだようだ。
「れ、レオン様! レオン様の意識が戻ったっす~!」
「お兄様!」
「良かったですの~!」
俺を囲むモルト、セリス、ニーナの三人が、俺の枕元で嬉しそうな顔を覗かせていた。
「さすがはレオン様っす!」
「お兄様、一時はどうなることかと……」
「一安心ですの~」
「『ブルーノ』は、どうなった? 帝国軍は?」
「安心なさってください」
「もう、大丈夫ですの~♪」
「本当なのか?」
「そうっす! ブルーノは何とか捕獲することができたっす。帝国軍はあの後、すぐに講和の使者を送ってきたっすよ」
「そうか、良かった。……で、俺は一体、どれだけ眠っていたんだ?」
「そのことっすけど…………」
モルトが言うには、俺はまるまる三日間、意識を失っていたという。
俺が寝たきりで意識を失っていた間、モルトをはじめクラーチ家の者たちは、それぞれ目が回るような忙しさだったそうだ。
「皆、済まなかった。俺は自分の未熟さが恥ずかしい」
「まあ確かにそおっすね~」
「そんなこと、無いですの~」
「お兄様は、あの伝説の『ブルーノ』を倒されたのです。もはや剣の実力は、大陸で並ぶものなど居りません」
したり顔でもふもふ尻尾を揺らすモルトを、ニーナとセリスが押しのけてくれた。
「お兄様! 『サラマンダー』のリーダーは、『ブルーノ』の首をへし折ったと伝えられています。ですが、首はおろか尻尾まで両断されたお兄様は、大陸一の英雄になられたと思います!」
セリスが言うには、俺の功績は、騎士官学校の教科書に挿絵(想像図)として載っている『サラマンダー』のそれに肩を並べる程のものだという。
『サラマンダー』とは、大陸史にその名を刻む伝説の女性冒険者パーティー。
『ブルーノ』を倒しただけでなく、『トーチの戦い』においては、わずか四人で十二万の大軍に正面から突っ込み、敵軍を粉砕したという。
おいおい、勘弁してくれ! 『ブルーノ』の尻尾の攻撃を受けて気を失っている俺なんて、『サラマンダー』の足元にも及ばないと思うぞ。
俺は、あの戦いで『ブルーノ』の尻尾を斬り落とした後、その尻尾に背後から襲われ、吹っ飛ばされて意識を失った。
その間に『ブルーノ』は『アウル』から外した大砲の一斉砲撃で弱らせた後、一番隊と山エルフが総出で捕獲。インスぺリアルの船団によってハウスホールドに移送されたという。
「ところで、帝国との交渉はどうしたんだ?」
「ドランブイとカールに務めてもらっています」
「お二人とも、ご立派ですの~」
「クラーチ家やアウル領に関することは、自分が仕切ってるっす~!」
帝国軍は日没後、すぐに講和の使者を送って来た。皇帝はそのときすでに陣中で亡くなっていたという。帝国軍の将兵のほとんどは、講和後に皇帝の死を知らされたそうだ。
まとまりを欠く帝国軍は、速やかに武装解除され、本陣で作戦を練っていた幹部は既にハウスホールドに移送済み。将兵たちも順次捕虜としてハウスホールドに送られているという。
「それもこれも、お兄様のおかげです!」
帝国軍の中には、まだ戦いを続けるべしと考えていた者もいたらしいが、俺がドラゴンゾンビを独りで倒すのを見て、一斉に降伏に転じたという。
逆に、ドラゴンゾンビから避難し、裏門や城壁を壊されていたなら、帝国軍に突入されブラックベリーは陥落していたかも知れない。
「すでに、レオン様の名前は『ドラゴンキラー』として英雄の扱いになってますの~♪」
「とにかく、お兄様は凄いです! 後のことはみんなに任せて、しばらくはゆっくり休んでください」
「セリスちゃん、そろそろ時間かも~」
ブラックベリーの港周辺では、大規模な炊き出しが行われているという。ニーナとセリスも毎日働いては合間を見つけて俺の様子を見に来てくれていたそうだ。
「レオン様が考案された『ウドン』が、大人気ですの~」
「私も作れるようになりました」
「自分は何といっても『アブラゲ』の入ったのが好きっすね!」
「スープに入れたり、ソースをかけたり、してますの。後で持ってきますので、レオン様も召し上がってくださいまし~」
兵糧攻めにあった帝国兵の胃には、源泉で茹で上げた優しい麺がさぞ合うことだろう。これは将来ウチの新たな特産品になるかも知れない。
“コンコンコン”
“ガチャッ”
「レオン殿、失礼するぞ」
「あ、はい……」
俺の返事を待たずに開けられたドアからは、アウルの潮風の匂いが流れて来たような気がした。
「ドラゴンキラーの英雄殿! サインを貰いに来たぞ」
俺の部屋にキールがお見舞いに来てくれたのだった。




