第5章 争乱編 第45話 総攻め⑩
「あれは一体……?!」
俺は、裏門上の城壁に配備された一番隊の陣地から、目の前の化け物を眺めて絶句していた。
「ドラゴンゾンビですな。おそらく帝国軍が危険を承知で召喚したドラゴン、それも凶悪なディラノに違いありませんぞ」
ドランブイによると、魔導士と呼ばれる魔力の強い術者が多数集まれば、魔法陣によって過去の生物を召喚出来るが、それはもれなくゾンビとして現れるという。
「理性のあるゾンビなど居りません。しかもディラノの様な凶暴なドラゴンに至っては、制御など出来ないでしょうな、特にあいつは……」
「ドランブイ、あのドラゴンについて、何か知っているのか?」
「おそらく、帝国軍は、その昔、ドラゴンスクエアガーデンの帝王とまで言われた『ブルーノ』を召喚したと思います」
『ブルーノ』と言えば、大陸史上最強とまで言われたドラゴンである。
高名な冒険者だったか騎士団長だったかに首をへし折られるまで、人間の手には負えないものとされていた伝説的なドラゴン。
祖父が一度は戦いたかったなどと、よく言っていたディラノに違いない。
今は、自分を召喚した帝国軍の陣地を踏み荒らして、暴れまくっているのだが、一度矛先がこちらに向けば、この城壁や裏門など、ひとたまりもないだろう。
「それにしても、帝国は何てことをしてくれたんだ」
「制御できない以上、『ブルーノ』召喚は前例がないのですが。帝国軍は、一か八かで召喚に踏み切って、案の定、制御に失敗したというところでしょうか」
「ぎりゃりゃりゃりゃー!」
「レオン様、何かこっち見てるっす~!」
「そういや、お前はドラゴンに好かれるからなあ」
「こ、恐いこと言わないで欲しいっす~!」
そして、帝国軍を蹴散らした『ブルーノ』は、気が済んだのか、陣地跡でしばらく立ち止まった後、俺たちの方へゆっくりと振り返ったのだった。
◆
「なあ、パンデレッタ。お前なら、あいつとどう戦う?」
「それは……私など戦いようもありません。とにかく相手と距離を取り、懐に入って攻撃しては離れるということの繰り返しくらいしか出来ませんので」
「そうか……」
「ま、まさかレオン様!」
パンデレッタは達人には違いないが、その剣はあくまで一対一の対人戦を想定したもの。いつ何時、どんな相手とでも戦うという訳にはいかない。
「ドランブイ、後を任せた」
「お兄様!」
「レオン様、危険ですの~!」
「無謀ですぞ!」
「ここは、ご避難の程を」
「れ、レオン様ヤバいっす~!」
パンデレッタをはじめ、ドランブイやカールにまで止められたのだが、このままでは裏門が壊されかねない。
ドラゴンゾンビは、のっしのっしと、こちらに近づいて来る。
「『アウル』に残っている山エルフたちは直ちに退避するように伝えてくれ。俺が行く!」
「お兄様は、私が守ります!」
「ダメだセリス。利き腕をケガしてるんだぞ」
「でも……」
「ブラックベリーは俺が守る」
俺自身、強敵を前にして、興奮を抑えきれない。
これは、シークとの戦い以上の胸の高まりがある。
祖父もこのような状況になれば、俺と同じように胸の高まりを抑えきれないんじゃないだろうか。
何しろ、祖父が騎士団長時代に大森林で大活躍したのも『ブルーノ』討伐への憧れからだったらしいし。
そして、そんな祖父の愛刀は今、俺の腰にある。
「ブラックベリーは俺が守る」という言葉に偽りはないが、剣士の血が抑えきれないのだ。
「お兄様、くれぐれもお気を付けを」
「レオン様がお決めになられた以上、仕方ないですの~」
「自分は、大陸最強は、レオン様だと信じてるっす~!」
ドランブイとカールも肩をすくめている。
どうやら皆、諦めてくれたようだ。
「よし!」
こうして俺は『ブルーノ』と対峙したのだった。
◆
「ぎりゃりゃりゃりゃ!」
夕日を浴びて咆哮するドラゴンゾンビ。
俺はブラッベリーの裏門を背にして、腰の太刀をゆっくりと引き抜いた。
『ブルーノ』は俺を獲物として認識したのか、俺に向かって真っ直ぐに突進してきたのだった。
「ぎりゃりゃりゃりゃ!」
“ドドドドドド……”
地響きを立てながら、突進してくる『ブルーノ』。
“ぎりゃぁーっ!”
ブルーノの巨大な口が俺に迫る。
―――ズダーン!
俺はブルーノの攻撃を掻い潜り、すれ違いざま太刀を一閃。『ブルーノ』の首を両断した。
「お兄様、危ない!」
―――ツッ!
“ブン!”
背後に寒気を感じた俺はとっさに身を屈める。
その瞬間、しゃがんだ俺の頭上すれすれを、太い尻尾がうなりをあげて通過した。
「レオン様、後ろやばいっす!」
振り返ると、首を失ったドラゴンゾンビが何事も無かったかのようにこちらを振り向き、再び俺に向かって襲い掛かって来た。
首が無いので噛みつきこそないものの、鋭い爪が迫る。
“ガチン―――ガチン、チン!”
左右の爪の攻撃を刀の峰で受け流す。
“ブン!”
体勢が崩れかけた俺を今度は尻尾が襲う。
―――クッ!
逆に前転で前に転がって距離を詰め、尻尾の攻撃をかわす。
『ブルーノ』は、俺を踏みつぶそうと後ろ足を大きくあげた―――。
「きゃーっ! レオン様~!」
“ドーン!”
踏み降ろした足の衝撃で、重低音と砂煙が舞う。
“ズダーン!”
俺はブルーノの股を掻い潜り、後ろに抜けると太刀を一閃。『ブルーノ』の太い尻尾を断ち切ったのだった。
“―――ズダダーン!“
尻尾を失いバランスを崩した『ブルーノ』は、轟音を響かせ前のめりに倒れたのだった。
いくら不死身のドラゴンゾンビとは言え、これで片足でも切り落とせば満足に動けないだろう。
俺が太刀を振り上げたその時……。
“バチーン”
切り落とした尻尾が急に跳ね、俺の背中を強打。
俺はそのまま意識を失ったのだった。




