第5章 争乱編 第44話 総攻め⑨
「ふう。どうやらけが人はないな。セリスにニーナ、よくやってくれた」
「はい、お兄様!」
「お役に立ててうれしいですの~♪」
籠城戦の最中、裏門に戦艦が突っ込むという大惨事だったのだが、どうやら無事で済んだようだ。
俺たちは、一番隊が守るブラックベリーの裏門城壁に本陣を移動し、戦況を窺っていたのだが、ふいに足もとから懐かしい声が聞こえて来た。
「レオン様~ぁ!」
城壁から見下ろすと、ブンブン振られているもふもふ尻尾が見えた。
――――――
「レオン様、無事帰ってきたっす!」
ウーゾを連れて俺の目の前に来たモルトなのだが、その目は心なしか潤んでいるように見える。
「モルト! ありがとうな! よく助けに来てくれた!」
「こ、恐かったっす~!」
「こ、こら気持ち悪いだろうが!」
いつもなら、もふもふ尻尾をふりふり余計なことを言う所なんだろうが、今回ばかりは俺を見るなり安心したのか、急に泣き出して抱き付いてきたのだった。
「しかし、本当に助かったぞ。ネグローニにもお礼を言わなきゃな」
「ネグローニは、城壁壊して申し訳ないって言ってるっす」
「しかしあの激突で、よく無事だったな」
「自分は、ウーゾにしがみついてたから、平気だったっす」
「そうか。ウーゾもありがとう。これからも俺に力を貸して欲しい」
「な、何というもったいないお言葉。このウーゾ、レオン様に全力でお仕えいたしたく思います」
王都で裏ギルドを取り仕切っていたウーゾとその右腕だったバドのことは、俺も聞き及んでいる。出来れば、戦後アウル領にて辣腕をふるって欲しい。
「ウーゾ以下、裏ギルドの者は、その働きに応じた恩賞を取らす」
「ははっ」
――――――
「とにかく、上手く行って良かったっす~♪」
モルトは、この度、王国で公爵家と面談して根回しをし、王国輸送隊の人選を裏ギルドに持っていったり、大砲弾薬の調達、更にはアウルの乗組員を集めたりと、大活躍してくれたそうだ。
さらには、イザベルがしたためた文を国王代理を務める公爵に直接手渡し、公爵家とクラーチ家との間に密約まで結んでくれたという。
「この戦に勝利すれば、大陸の情勢は一変するっすよ!」
モルトが言うように、この大戦は、大陸の歴史を変える一大転換点となることだろう。
多少の不安はあったものの、モルトにクラーチ家、そしてアウル領の全権を任せて本当に良かった。
「後は、帝国軍が音を上げるまで守り切るだけだな」
「帝国は、もう軍として戦うのは難しいみたいっすね」
「ああ。もう一息だ」
「早くみんなでお祝いしたいっす~!」
『アウル』が突っ込んできた後は、帝国軍からの攻撃は止んでいる。今頃は大慌てで、自分たちの陣を立て直しているのだろうが、かなりの時間がかかることだろう。
俺たちは勝利に少しずつ近づいていったのだった。
◆
帝国軍では、各軍団長たちがばらばらになった兵を集める裏で、魔導士たちが、巨大な魔法陣に己の魔力のありったけを注ぎ込んでいた。
このような魔法陣によって召喚されるのは、過去に大陸に生息した生物のみ。
そして今回、召喚しようとしているのは、史上最強と言われていた伝説のドラゴンである。
そして、日が傾き始めた頃―――
魔法陣から禍々しい気配が漂い始めた。
やがて、魔法陣の中央から黒い影がゆっくりと盛り上がって来たかと思うと、影はどんどんと膨れていき、やがて魔法陣の外へはみ出していった。
ムクムクと盛り上がる影。
そして影は、ゆらりと揺れたかと思うと、咆哮があたりにこだました。
「ぎりゃりゃりゃりゃ!」
「…………!」
「やった!」
「成功だ!」
そして影はいつの間にか巨大ディラノの姿に変わっていた。
「これが、伝説の『ブルーノ』か……」
ディラノはドラゴンの中でも最強とされているが、この度召喚されたのは、ディラノの中でも最強といわれる伝説のドラゴン。
何しろ、言い伝えでは、大陸の南北を分断していたとも言われている強力な個体で『ブルーノ』と名付けられたものである。またの名を、ドラゴンガーデンの『帝王』。
このような強力なドラゴンは、召喚できても制御が不可能とされており、その危険性故、まだ一度も召喚したことが無いモノだったのである。
そして、魔法陣による召喚は、あくまでゾンビとしての復活である。
果たして戦の戦力になり得るかどうかさえ分からない危険生物の召喚は、一か八かの破れかぶれの策としか言いようがない。
「ぎりゃりゃりゃりゃ!」
「ブルーノよ、あの城壁を叩き壊せ!」
「ぎりゃりゃりゃりゃー!」
「うわああ~っ!」
逆に襲い掛かられて逃げまどう魔導士たち。どうやら、このドラゴンゾンビの制御などとてもできない様である。
「ぎりゃりゃりゃりゃ!」
「うわああ~っ!」
「化け物が出たぞ!」
「助けてくれー!」
せっかく整えられた、帝国軍の陣に襲い掛かり、なりふり構わず暴れ回るドラゴンゾンビ。
「怯むな、放てーっ!」
「こ、これは!」
「隊長、矢が効きません!」
矢を全身に浴び、ハリネズミのような姿になっても、なお攻撃を止めないドラゴンゾンビ。
「ぎゃあ~!」
「逃げろーっ!」
もはや帝国軍は戦どころではない惨状をきたしていた。
召喚されたドラゴンゾンビは、不死身な上に制御不能。帝国軍を蹴散らしては陣を踏みつぶし、本能のまま荒れ狂ったのだった。
「ぎりゃ……」
そして、ドラゴンゾンビ『ブルーノ』は、無人の帝国軍の陣地跡から、新たな得物を見つけたかのように、ゆっくりとこちらに振り返ったのだった。




