第5章 争乱編 第41話 総攻め⑥
「何だあれは?」
「若、砂漠の奥から、何かでっかいモノが、近づいてきますぜ!」
「どれどれ~?」
「凄い砂煙ですぜ、ありゃあ一体何でしょうかね?」
「もう、何なの~?! ……って、あれはまさか……」
裏門の城壁の上では、パンデレッタ率いる一番隊が、遠くに砂煙を発見して動揺を隠せないでいた。
「え、ちょっと待って。もしかして、あれは……」
「若、あれは船ですぜ、間違いねえ!」
「よーし、みんな、もうひと踏ん張りだよ~っ!」
「おお~っ!」
「やったぜ!」
「助かった~」
一番隊にあふれる喜びと安堵の声。ブラッベリーの大歓迎を受けつつ、インスペリアの最新鋭水陸両用戦艦『アウル』は、砂漠の海を驀進していったのだった。
◆
水陸両用軍艦『アウル』の甲板では、モルトがもふもふ尻尾を逆立てて、必死の形相で喚いていた。
「急いで欲しいっす! レオン様のピンチなんすよ~!」
「モルト様、少し落ち着いてください」
「レオン様たちのことを思うと、とても冷静になんていられないっす!」
「分かりました。この『アウル』が耐えられるギリギリまで速度を上げます。すべて私にお任せを」
「ネグローニ、頼むっす~!」
『アウル』の艦橋からは、遠くに分厚い帝国軍の陣が見える。どうやら、フラックベリーの北部裏門へ集中攻撃をしかけるため、帝国はほぼすべての軍が、アウル砂漠に陣を敷いているようだ。
「モルト様、帝国軍のど真ん中を突っ切ります!」
「ネグローニ、最高速度で頼むっす~!」
「はい!」
こうして『アウル』は、砂の海を全速力で進んでいったのだった。
◆
「みんな、特訓の成果を見せるときが来たっすよ~!」
帝国の大軍を前に、『アウル』の船室広間に、裏ギルドの亜人たちを集めてモルトが檄を飛ばしていた。
船の操船は山エルフが担当しているが、砲手は裏ギルドの亜人たちである。
『アウル』がブラックベリーの城壁の配備するために外してきた大砲を、モルトが王都で何とか買い求め、アウル砂漠で射撃訓練も積んできたのだ。
「大陸の命運は、皆の手にかかってるっす! みんな、よろしく頼むっす!」
「……しかし、一日練習しただけだからな。なあ」
「そうだよな。俺たちみたいな素人で、果たして上手く行くかどうか……」
「大丈夫っす! 船ごと敵軍の中に突っ込んでいくんすから、適当に撃っても当たるっす」
「あの、四十万の大軍の中に本気で突っ込む気か?!」
「当たり前っす~! 働き次第で褒美は思うがまま! ここが、正念場っすよ!」
不安そうに顔を見合わせる亜人たちに、それまで黙っていたウーゾがおもむろに口を開いた。
「モルトの言う通りだ。ここで手柄を立てりゃあ、俺たちも将来騎士爵くらいならもらえるかも知れねえぜ」
「騎士爵って……俺たちなんかに、本当にもらえるのか?」
「いくら何でも、そんなうまい話あるわけ無いって」
「でも……ウーゾがそう言うんならそうかもな」
「俺も何だか、そんな気がして来た」
「俺も!」
「……な、何だか複雑な気分っすが、とにかくウーゾ、ありがとうっす~」
「モルトこそ、よく言った。……足が震えてるぜ」
「じ、自分ホントは怖くてたまらないっす~」
「分かってるよ。俺だってそうさ。しかし山エルフのお嬢ちゃんたちを見てみな。さすがは『戦闘民族』なんて言われているだけのことはあるぜ」
敵陣めがけて、巧みに船を操る山エルフたちに動揺の素振りは無い。
彼女たちの内面までは分からないが、いつもと変わらぬきびきびとした動きであることは間違いない。
「俺たちもしっかりせんとな」
「が、頑張るっす~」
こうして『アウル』は、帝国軍の陣地のど真ん中に突っ込んでいったのだった。
◆
「な、何だあれは?!」
「まさか、船か?」
「どうして、砂漠の上を走ってるんだ?」
「インスぺリアルの秘密兵器か何かか?」
「まさか、そんな馬鹿なことあるはずがない」
初めて見る『アウル』を目視した帝国軍の中に動揺が走る。
「お、おい、あの船真っ直ぐこっちへ突っ込んでくるぞ!」
「危ない、避けろ!」
「さがれー!」
「うわーっ!」
“ドゴーン! ゴゴゴゴゴーッ!”
“ベキベキベキベキーッ!”
『アウル』は、そのまま、速度を落とさず、逃げ惑う帝国軍に突入。慌てふためく帝国軍の陣を踏みつぶした。
しかも、帝国軍のど真ん中で、左右の砲から一斉に砲弾を発射したのだった。
“ドゴーン、ドゴーン、ドゴーン!”
「うわーっ!」
「ひぃぃぃーっ!」
「逃げろーっ!」
逃げまどう帝国軍に砲弾が炸裂。砂漠に設営された帝国軍陣地を粉々に粉砕。陣地のど真ん中を切り裂かれた形の帝国軍は、指揮系統を失てズタズタになったのだった。
そして『アウル』は、帝国軍を蹴散らしても、なお速度を落とすことなく、真っ直ぐ突き進んで行くのだった。
◆
「やったー!」
裏門の城壁の上では、思わぬ援軍に狂喜乱舞で抱き合う一番隊。
虎人族の輪の中心では、パンデレッタが大喜びで踊り出す程である。
唐突に現れた水陸両用軍艦にど真ん中を蹴散らされ、帝国軍はもはや陣を為していない。
「さすがはインスぺリアルの最新鋭戦艦だよね。ボクも一度乗せて欲しいな~」
「若、そんなのん気なことを言ってる場合じゃないですぜ」
「え?」
「あの船、速度が落ちてませんや!」
「ヤバい、激突するぞ!」
「若、早く避難を!」
「いや、それよりレオン様がこっちに向かっておられるよ~!」
「こりゃやばい!」
パンデレッタ一番隊は、レオンたちに危険を知らすべく声を張り上げたのだった。




