第5章 争乱編 第39話 総攻め④
「申し上げます! 城門正面の敵軍、退却を始めました!」
「……っ、よし!」
戦線は全線にわたって何とか持ちこたえている。特に一番隊はこの日も奮戦し、両隣の二番隊や三番隊を助けに行ったそうだ。
「さすがは、パンデレッタ殿ですな」
「ドランブイ、一番隊に褒賞を考えておいてくれ」
「ははっ」
一番隊の活躍の伝令に、本陣は湧きっぱなしである。そして心配なのは、裏門なのだが……。
「申し上げます! 北部裏門にてセリス様、負傷! 帝国軍は退却を始めました!」
「何だって! すぐ行く! ドランブイしばらく本陣を頼む!」
「レオン様、それは……」
何事か口を開きかけたドランブイを残し、俺は夢中で走り出していた。
セリス……あれほど俺のことを慕ってくれた、たった一人の妹。
俺の頭の中には、今までのセリスの姿が走馬灯のように蘇る。
俺の稽古をのぞき見し、スカートで真っ赤な顔を隠すセリス。
エルフや獣人の女の子たちの前に両手を広げて立ちふさがるセリス。
勝手に人の読書中に部屋に来て、夢中で騎士団学校の話をするセリス。
船上で、お気に入りのワンピースを着て微笑むセリス。
二人毛布にくるまり、肩を寄せてくるセリス。
領主屋敷の封印を強引にぶち破るセリス。
そして、俺に頭を撫でられて、嬉しそうに微笑むセリス……。
どうか無事であってくれ。
俺は、息せき切って裏門へ急いだのだった。
――――――
「セリス! ケガは大丈夫か?」
「お兄様!」
救護室では、セリスが椅子に座り、俺を見上げて微笑んでいた。
良かった。とにかく良かった。
なおも、オロオロする俺に、セリスは優しく語り掛けてきた。
「お兄様、こんなのかすり傷ですよ」
「い、いや……。大丈夫か? 痛みは無いか? 腕は動くのか?」
「もう、お兄様ったら……。私なんかよりもっと重傷の兵もいるのですよ」
「でもな、俺はお前のことが心配で……」
「お兄様」
「うん?」
「お兄様は、アウルの領主さまなのですから、戦の最中に本陣を離れるなどあってはなりません」
「……済まない」
「でも、こんなに私のことを心配してくださって、本当に、嬉しいです!」
そう言って顔を赤らめるセリス。
セリスは防戦中に、敵の矢を腕に受けたという。幸い防具の上からだったので、骨には異常は無いそうだ。
そして、戦場ではセリスが斃れたことで、十番隊をはじめ予備隊の心にも火が付いたようで、程なくして帝国軍を退けたという。
しかし……。
セリスの言葉で、俺は自分の未熟さを思い知らされた。
それに比べセリスの立派なこと。
嬉しい反面、兄として何だか情けない。
そして俺は、こんなにも義妹のことを愛していた自分の気持ちに初めて気付いたのだった。
◆
「今日は本陣を離れてしまって済まなかった」
何とか帝国軍の猛攻をしのぎ切ったブラックベリーだったのだが、本陣では俺が各部隊長をはじめ、主だった者の前で頭を下げていた。
「確かに、あまり褒められたものではありませんな」
渋い顔で髭に手をやるドランブイ。
俺が本陣を離れるのは、最後の最後に俺が打って出るときのみとしていた。
いくら妹とはいえ、ケガの報告ひとつで動揺し、勝手に本陣を離れたのだから当然である。
「ですが、素直に自らの非を認められ、我らに対して頭を下げられる辺境伯様など、大陸中を探してもおられませんぞ」
「さすがは、レオン様です。かの『賢王』もかくやというお振る舞い。感服いたしました」
ドランブイに続いてカールまで……。
何だか泣きそうだ。
「お兄様、私のせいで……」
「セリスちゃん、気にしないで。明日はすっと本陣に居てくださいまし~」
「レオン様、この戦いもあと少しです。ボク……いや私も更に励みますので、お気になさらず。それより、今後の戦いについて、私から進言したいことがあるのですが、いいでしょうか」
「よし、聞こう」
――――――
パンデレッタの案は、持ち場を一番隊と十番隊で入れ替えるというもの。
確かに一番隊のこれまでの働き、特に虎人族の勇戦ぶりは全員が認めるところではある。
だが、しかし……。
「それでは十番隊の者はどう思うだろうか」
「大丈夫です。隊長のチェッロは了承しております」
すると、パンデレッタの言葉が終わらないうちに、十番隊隊長のチェッロが前に進み出た。
「今日の戦いは、私の不徳の致すところ。要所を外されたからと言って不満に思うことなど一切ございません」
チェッロは、自分の持ち場には大規模な攻撃は無いと踏んでいたという。
どうやらそのことにいたく責任を感じているらしい。
「にもかかわらず、配置換え先は花の正面正門。皆、明日以降も張り切って戦ってくれることに違いありません」
予備隊を全部投入して支えたとはいえ、十番隊は今日の戦いでは二十万もの敵を前に防ぎ切ったのだ。一番隊以上の殊勲だと言える。
「よし、十番隊は今日の奮戦につき、報奨金に加え、南城門前への配置転換を命ずることとする」
「もったいないお言葉でございます!」
こうして、明日からの攻撃に備え、ブラックベリーの防御態勢が整えられたのだった。




